文藝春秋11月号に、『みんなやっぱり京都が好き』という鼎談が載っている。
話す三人は、
井上章一 ご存知ベストセラー『京都ぎらい』の著者。
船越英一郎 生まれこそ湯河原だが、三十年間役者として京都撮影所に通い続けている。
作家の綿矢りさ 京都市右京区で生まれ育った。
いうまでもなく編集部の狙いは、井上氏の『京都ぎらい』番外編であろう。
その意図に応えるべくか、以下のくだりがおもしろい。
ちょっと紹介させてもらう。
船越 昔、デュークエイセスの『女ひとり』という歌に「京都 大原 三千院」という歌詞がありましたが、洛中の人からしてみれば大原三千院も京都ではないのですね。
綿矢 洛中の方々の定義で言うと、どのあたりが「本当の京都」なんでしょうか。
井上 一番狭く考えている人によれば、祇園祭で山や鉾を出す地域ですね。南北は広く取っても五条通から御池通まで。東西もせいぜい巡幸の範囲。一キロ四方程度しかない。
綿矢 メチャ小さいですね!
井上 この言い方がすごいのが、京都御所や冷泉家を洛中から除いていることです。朝廷や公家と連帯感がなかったわけではないと思うんだけど、朝廷に捨てられた思いがあるのかな。町衆のプライドが余計にそういった思想を強くしてしまったように思います。
船越 室町時代に生まれた町衆と呼ばれる商工業者たちからしてみれば、自分たちが育てた地域こそが中心なんだということですね。
井上 だから彼らの話で言うと、実は千年の都ではなく、七百年ぐらいの都なんですよ。
