昨年末 NHKで放送された、名盤ドキュメント 『JAPANESE GIAL』。
この番組の再現を、以下に試みた。
自分は、二十歳すぎだった四十年も前、リリースされたばかりのこのアルバムを買った。
ティンパンアレイのバック演奏(B面)に、魅かれてのことだったと思う。
デビュー作となる矢野顕子のことはむろん、A面バックのリトルフィートも知らなかった。
さして期待せずに、レコーの針を落としたはず。
しかし、一曲目『 電話線 』のイントロから大きな衝撃を受けてしまった。
『 丘を越えて 』の、自由すぎるアレンジにも驚いた。
全編通しての摩訶不思議な世界に、圧倒された。
この素晴らしさを知ってほしいと、周囲の人たちにさかんに勧めた。
だが芳しい反応はなかった。
それから四十年。
この番組の冒頭、清水ミチコが自分とまったく同じ体験を語っていた。
ほかにもこのアルバムで、寂しい思いをした人がいたのだ。
このささやかな共感を与えてくれた番組を、書き留めたい。
もとより、音楽映像コンテンツの文字化困難は承知の上。
それでも、矢野顕子本人はじめ、関係者の貴重な発言はできうる限り再現したつもり。
自分の周囲には皆無だった矢野顕子ファン、
そして彼女に関心のない方々にも、お読みいただければと思う。
たとえおひとりでも興味をもってもらえれば、わが若かりし頃の「無念」を、やっと晴らすことができるのだから。
と、自ら絶賛する。
このアルバムのあと生まれた若い世代も…
しかし、当時、のめり込んだファンの証言では、
ジャパニーズガールの魅力を解説するのは、
矢野顕子の長女坂本美雨と、矢野顕子をリスペクトするクラムボンの原田郁子。
原田のピアノとボーカルは、矢野の再来といわれている。
このコーナー冒頭で、美雨はいきなり衝撃の発言をする。
「じつは、ジャパニーズガールをじっくり聴いたことがない・・・」。
これを聞いて原田は、口を大きく開けて驚く。
聴かなかったわけは語られなかったが、原田の関心はどうしても親子関係にいってしまう。
原田郁子 矢野さんのDNAを受け継いだ美雨ちゃん・・・
坂本美雨 (クラムボンのみんなと初めて会ったとき) ミト君がなぜか、ちょっと泣いた。
原田郁子 娘さんに会えた! って。
坂本美雨 それだけ矢野の音楽を愛している人がいる・・・
ジャパニーズ・ガールには、片面に五曲ずつ、全十曲収録。
ロサンゼルスで録音された楽曲はA面に、東京での録音はB面に収録されている。
A面4曲目 津軽ツアー
この曲は矢野のふるさと青森の民謡。
坂本美雨 なんでここで鼓が入っているのか?(笑)。なにがこうしたら、こうなるんだろう(笑)
矢野顕子 普通のお琴と十七弦で、普通のピアノでやっていることをやってみたかった。尺八はギタリストのローウェル・ジョージが尺八を吹けるなんて知らなかった。録音で彼はちゃんと首を振っていた。
B面2曲目 へこりぷたあ
原田郁子(クラムボン) 高校当時、この曲がすごく好きでした。変な気分になる。飛んでるんだけど、ちゃんと飛んでる?っていう(笑) 危うい不穏な空気感。シュールでダークな漫画を読んでるみたいな気持ちになる。どんどんめくっていって、最後見開きで、ガーッて。
ヘリコプターが墜落したようなエンディングが流れる。
坂本美雨 落ちたね。
原田郁子 (笑)
坂本美雨 すごいアレンジだなぁ。
原田郁子 すごいなぁ。
坂本美雨 原田郁子 (声をそろえて) なにがこうしたら、こうなるんだろう(笑)
矢野顕子と清水ミチコがマルチトラックテープを聴く
Q 鼓を入れたいってのは、どこから出てきたんですか。
矢野顕子 さぁ~、やってみたかったんでしょうねぇ(笑)
清水ミチコ 人間国宝の方を。
矢野顕子 あの当時は、若手だった。
後に人間国宝となる歌舞伎長唄囃子堅田喜三久が、四十年ぶりにジャパニーズ・ガールを聴いた。
堅田喜三久 時には譜面通りだが、8割はアソリブ。ヘリコプターが飛ぶ音を、鼓の「カン」という音で表した。後半は僕が即興で、掛け声とともに録りしました。
矢野顕子 (堅田さんと)一緒に録ったんですよ、これ、確か。
清水ミチコ 一斉に?
矢野顕子 ちゃんとアイコンタクトしながら、そら、行きますよ、で、(鼓の掛け声) ほっほって、やりながら。変なサウンドを作りたかった。そのための曲なので、歌詞も意味とか、本当はない。なんか変な感じにしたかっただけ。だからタイトルも、「へこりぷたあ」。若いわねぇ(笑)
Q なにか政治的な意味があるんじゃ?
矢野顕子 (大笑い)
清水ミチコ 政治的とか、失恋とか・・・
矢野顕子 ねぇねぇ(ないない)(笑)まったくねぇなぁ。(真顔で)ごめん、まったく無いです。すみません。
清水ミチコ 誰かがこれをそっくりこうしようと思っても、無理でしょうね。
矢野顕子 絶対できないと思う。ものすごく有機的なサウンドだし、この曲のメインは矢野誠さんの摩訶不思議なストリングスのアレンジメントですね。そのための曲みたいなもの。
ストリングス、弦楽器のアレンジを担当したのは、プロデューサー矢野誠。
70年代のポップスシーンに、華麗なストリングスを響かせた。
ストリングスの効果とは。
原田郁子 そこに風が、ふわ~って吹いてほしい。自分も(風の渦に)巻かれちゃって。そのぐらいの風を起こしたいときに、弦はダイナミクス。
坂本美雨 他のサウンドでは出せない、自然現象みたいな。
このヘリコプターを揺らす不思議な旋律の秘密は。
矢野誠 ポリフォニー(多声音楽)で、いくつかの線(旋律)が入っているけど、全部こぶしなんですよ。武器です、こぶしは武器。アジア、とくに日本のこぶしってのは、一回使ってみたらいいんじゃないのかなぁって、思ったんだよね。
音楽大学で、西洋音楽を学んだ矢野。
なぜ、こぶしにこだわったのか。
矢野誠 ぼくは高校の時に、(オーストラリアの)シドニーっていうところの学校だったから、すごく日本人ていうことを意識させられたのね。みんな日本のことを教えてくれって、それで(日本のことを)勉強しないといけないと(思って)。大学の時に帰国して、いろいろなレコード、雅楽とか民謡とかを聴きだすんだよね。
顕子と誠。
ふたりが日本を強く意識して作ったジャパニーズ・ガール。
当時、ふたりは夫婦だった。
矢野顕子 矢野誠との共同作業といいますか、どうしたら日本的な要素を、自分の中に取り入れられるだろうか、ということを考えて作った、アルバムだと思います。
この曲、風太は長男の名前。
後半は、琴のアンサンブル。
矢野誠 弦楽合奏は聴きなれているけれど、それを琴に置き換えたときに、どういうふうに聴こえてくるか、十五、六人は(琴をひく人が)いたんじゃないのかな。
清水ミチコ スタジオに(琴が)ズラーっと。
矢野顕子 何人いたんだろう。(当時のトラック表を見て)いっぱいいるねぇ(と自分でも驚く)。これねぇ、アレンジは私なんです。
清水ミチコ それを(ピアノから琴に)楽器を変えたってこと?
矢野顕子 これは短いからね。短いからいいんだと思う。これは長かったら、長編だったら飽きると思う。
B面4曲目 丘を越えて
さまざまな曲をカバーしている矢野顕子。
その原点が、ジャパニーズ・ガールに収録されている。
作曲家古賀政男の名曲、丘を越えて。
趣味はギターだという、音楽好きな女優のんも矢野にはまっていて、
『丘を越えて』が好きだという。
ジャズピアニスト上原ひろみも、
矢野ならではのカバーや演奏に魅せられ共演を重ねている。
原田郁子 矢野さんの(曲)は、途中で(カクッって)なるよね(笑)
坂本美雨 あれっ?て(笑)
原田郁子 丘を越えようってしてるのに、あれっ?て(笑)
坂本美雨 スキップなんじゃない?
原田郁子 (立ち上がり、スキップしながらずっこける動作)
坂本美雨 たぶんあの人、スキップできないもん(笑)
原田郁子 (爆笑)
坂本美雨 これ(丘を越えて)、弾けたりします?
原田郁子 あるんだよ (と、横のピアノを指す)(笑)
坂本美雨 このスキップ具合を、ちょっと (と、再現するべくピアノに向かう)。
しかし、あのつまずく感じがなかなかできない。
ようやくできて喜ぶふたり。
原田郁子 聴いてるときは楽しいんだけれど、弾いてみると、「えっ、ちょっと待って」って感じ。やってみるとすごく難しく感じてしまう。
坂本美雨 だから(モノマネする)清水ミチコさんは、すごいんだよね。
原田郁子 ほんとにすごいよね。
清水ミチコ こういうこと(アレンジ)していいんだろうかって、わたし。(丘を越えてを)初めて聴いたときはね、こういうことしてはいけないんじゃないんだろうかって、思ったんですけれど。
矢野顕子 意図的にどこかを変えてやろうとか、ここで変拍子を入れようって、実際には考えていないんです。だけれども、ピアノで自分が歌いたいように練習しているうちに、自分のかたちが出来てくるうちに、自分でもどこかに「あっ」(カクッとする動作)ってのが、入ると安心する。なんかそういう傾向があります。なにか気持ちの良い方に行くと、そうなる。
矢野の自由すぎるピアノ演奏は、どのように生まれたのか。
音楽的ルーツを辿ってみよう。
矢野顕子 ジャパニーズ・ガール (2/3) NHK名盤ドキュメント再現 に続く

























