ひげを伸びないが生やしてみる、意味はない、多分色々な出来事や考えには意味を求めてはいけない、気分でなにかをする人がいて、感情だけで生き方を左右してしまう人もいる、今日の生き方を明日に反映させて明日の生き方を考えずに過ごす、来年の事はとりあえず考えてはみても、実際はその時になってみないとわからない、きっと人生の大半はそんな感じで過ぎていく、で結局剃ってしまった。
最近どころかここ十年くらいは経験する出来事を記憶したり思い出として頭の中に留めているより次に入ってくる情報の為に空けて措かなければいけないので大切だなと思える事柄も暫くするとほぼ覚えていない、すっかり忘れている訳ではないのは言われて見ればああそうだと思い出すし、なんの脈絡もなく子供時代の一場面が映像に匂いや雰囲気と共に思い出されたりするからだ、むしろ近々に出会った人物の名前やら顔の方があっさり忘れていて、挨拶などされるとまるっきり記憶から抜け落ちていて怖くなる、本当にこの人物と時と場所を同じくして相手の記憶には自分が存在し、その時に言動の印象を取り消しは利かないまま固定されているのだから。
沢山ある内の一つというのは、まあ所謂既製品というもので実際にはないよりは有った方がいいくらいのもので 、あまり有り難みはない、大体そんなものだ、自分がそうではないと望んでも大概は既製品か大量生産の粗悪品にしか当てはまらない。高望みしても出自に変化など起こりようもなく、またハンドメイドの高級品にはなり得ないのだから。ただあるがまま手軽に使い込まれ、いきなり丁寧に作られたり真新しくもなれはしないのだから。
いやっっほう!!!オルフェーヴル強すぎ。
第78回東京優駿(G1)
3枠5番 オルフェーヴル 池添 謙一
1枠1番 ウインバリアシオン 安藤勝巳
4枠7番 ベルシャザール 後藤浩輝
三連複1-5-7 22950円 74番人気
本来はここでチャンチャンとジングルがかかり、カットの声と共に場面は暗転、コマーシャルにでもなれば気も楽なのにそういう訳にもいかない、現実はずっと続き、あるいはもう続きはしないで明らかな終わりが来る、人はシビアな意識のなかで生きている事に気付けず、また安易にジングルで物語ははじまるなんて思ってみたりしてみる。