尻尾はそもそもなんで付いているのかよくわからないのは犬や猫だ、人に飼われているうちに退化して無くなってしまえばいいと思うのに尻尾を振られるとこれはこれで付いてる意味はあるのかも知れないと猫を見ると、やっぱりあんまり尻尾は要らないんじゃないかと思ったりする。
老人とわかる人に目の前へ立たれて席を譲るのに躊躇している若者はまだいい、働き盛りのスーツ姿は少しも素振りは見せないし、決して譲るはずもない、働いてアンタラの年金支えているのは俺たちだときっと心のどこかで思っている、いつか同じ時は来て、躊躇している若者に同じ様に思われる、電車の車内は静かなままで揺れに合わせてシートに座り続ける人たちにとやかく言えるのは、譲られなかったあの老人だけだ。
住宅街に迷い込んだ野生の動物というのをニュースでたまにみる、でも動物からするとなにも迷い込んでるわけじゃなく、100年前には普通に生活していた場所にいつの間にかに家が建ち勝手に人が住み始めたから来なくなっただけできっとちっとも迷子のつもりはないはずなのだ、当然山で遭難する人間というのもきっと自然の中で生きるすべを失っているだけで好きで遭難している訳じゃない気がするのだ、もし住宅街で野生動物を見かけたらそっと帰るまで放っておいてあげでください。
台風20号が沖縄に接近して、海では漁船が行方不明になったり、ロシアのリンク上では日本女子のアイススケートのエースが精細なくオリンピックへの出場すら危ぶまれ、まもなく政権交代後初の国会が開かれ、日本シリーズも始まり、ドラフトの目玉選手は日本残留を決断をし、なのにどういう訳かいまひとぼやっとした頭の中にはそれらはあまり意味を持って入ってはこない。

久しくしていない作業をすると、かつては当たり前にしていたことなのに馴れるまでに時間が掛かるのだけれど、体や頭は無理に思い出さなくても勝手に動きだしいつのまにか馴染んでしまう、ときには初心に返るのもいいのかなとも思う。