「討幕なき維新」の謎を「王政復古のクーデター」から読み解く④[六藩政権] | 跡部蛮の「おもしろ歴史学」

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  慶応三年(1868)一二月九日、いよいよ、クーデターが実行されました。

 

 まず、薩摩藩兵を中心に、土佐・安芸・尾張・越前の五藩の藩兵が皇居を封鎖します。

 

 そうして、皇居内で一部の皇族・公卿や大名によって朝議がもたれ、旧制度の廃止と新政権の発足が決定し、天皇の承認をえたのです。

 

 一部の大名というのは、尾張藩主・徳川慶勝、松平春嶽、山内容堂、島津茂久、芸州藩世子(せいし)・浅野(もち)(こと))。クーデターに参加した藩主や藩主クラスの面々でした。

 

 こうして、摂政関白などの朝廷の旧制度と幕府が廃止されました。

 

 岩倉具視が天皇の前で王政復古の大号令を読み上げ、新たに政治を担う三職(総裁・議定(ぎじょう)・参与)が置かれました。

 

 むろん、議定にクーデター参加組の五藩の藩主クラス、参与に五藩の藩士らが任じられたのはいうまでもない。

 

 こうしてクーデター参加組に長州藩を加えた六藩による新政府が誕生しました。

 
 そこから芸州・越前・尾張が抜け落ち、やがて優秀な人材を擁する佐賀藩が加わって、薩長土肥の政権が誕生します。

 

 

(つづく)

 

 

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