殉教者と下剋上大名―二つの顔を持つ戦国武将の謎②[ロレンソ説諭] | 跡部蛮の「おもしろ歴史学」

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高山氏はもともと、摂津国三島郡高山(大阪府豊能(とよの))の地頭でした。


右近が生まれた天文二一年(1552)ごろ、父高山飛騨守(とも)(てる)は、そのころ畿内で勢力を伸張させていた三好長慶(ながよし)に仕え、その重臣松永久秀らと三好政権を支える立場にありました。


居城は、大和国宇陀郡の(さわ)城(宇陀(うだ)市)です。


一方、そのころ、有名なフランシスコ・ザビエルの意志を継いでトーレス神父らが日本人琵琶法師のロレンソを信者に加え、日本で布教活動をおこなっていました。


右近の父飛騨守は熱心な仏教徒で、はじめ、トーレス神父らの布教活動を妨げようとします。


しかし、ロレンソに数日間キリスト教の宗旨を説かれ、飛騨守は一転してキリシタンとなります。


永禄六年(1563)、彼は洗礼を受けました。


その翌年、右近も洗礼を受け、ジュストと名乗りますが、このときまだ右近は十二歳。


父飛騨守に従って受洗したにすぎず、どのくらいキリスト教の教義を理解していたかは、はなはだ疑問です。


(つづく)




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