源平両軍が富士川をはさんで対峙。いよいよ明日、矢合わせすると定めた夜のことです。
逃げ支度をはじめた百姓の灯す炊事の火を、平氏の兵らが源氏勢の篝火と見誤ったことから、大失態がはじまります。
その夥しい篝火の数に恐れをなした平氏の軍勢は夜半ごろ、例の水鳥が一斉に飛び立つ羽音を耳にします。
篝火と水鳥の羽音。そこで平氏の兵らはてっきり、源氏勢が搦手にまわったものと勘違いしてしまいます。
そして、墨俣(岐阜県)まで引いて防ごうと、大慌てで退却していったというのです。
以上は『平家物語』から抽出したストーリーですが、『吾妻鏡』にも同じような記述があります。
ただし、そこには、甲斐源氏の武田信義(戦国武将・信玄の祖先)が
「兵略をめぐらし、くだんの陣(平氏の陣のこと)後面をひそかに襲う」
と書かれています。
ここでは、実際に源氏方の迂回急襲策がおこなわれ、それによって水鳥が驚き、飛び立ったことになっています。
これだと『平家物語』の内容と若干ニュアンスがちがってきます。
『吾妻鏡』も、平氏の兵たちが「軍勢の粧い」のような水鳥の羽音に驚き騒ぐ状況を記していますが、それはあくまで、実際に源氏の兵が平氏方の背後に廻り、急襲していたから。
やがて、平氏方の副将格・上総介忠清が「東国の士卒、ことごとく前武衛(頼朝のこと)に属す」と進言し、総大将の維盛が兵を撤退させたというのです。
だとすると、水鳥の羽音で源氏方の急襲の事実を知った平氏方が態勢を立て直すため、いったん兵を退いたという事実がみえてきます。
それでは、なぜ平氏勢は戦う前から、態勢を立て直す必要があったのでしょうか。
その答えは『吾妻鏡』の次のくだりにあります。
(つづく)
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