『三つ数えろ』を観ました。
私立探偵のマーロウは、隠居生活を送るスターンウッド将軍を訪ねる。次女カルメンが作った借金を名目に、ガイガーという男による恐喝が続いているというのだ。
依頼を受け、ガイガーの自宅で張り込むマーロウは銃声と女の悲鳴を聞き、家に飛び込む。そこには酔い潰れたカルメンとガイガーの死体が…。
その後、スターンウッドの長女ビビアンの元にカルメンの写真が入った脅迫状が届く。先のガイガー宅に隠しカメラが仕掛けられていたのだ。
マーロウが脅迫状の主であるブローディを突き止めた直後、ブローディはガイガーの付き人に殺されてしまう。
二人の脅迫者が死に、スターンウッドからの依頼は解決したが、これらの殺人事件が腑に落ちないマーロウは独自に調査を続け……といったお話。
所詮は1945年だか46年だかの作品、ミステリーっつったって稚拙で明快なものだろう?とタカを括って観てみたんですが、この先入観が失敗の元。
登場キャラは多めだし人間関係も入り組んでいて、思いの外、ストーリーが複雑でした。
こういうのをたった一度の鑑賞で理解できちゃう人は映画力が高いって思うんだ。
そうではない俺ッチは早々に、しかも人物相関図を作りながら2回目の鑑賞に臨みましたとさ…(ソッコー再見できるのは面白い証左)。
我ながらダッサ~と言いたいけど、これって理解度を深めるには意外に有用な手段ですね。他にパッと思い付くところでは、家系図を知っておかないと置いてけぼりを食う金田一耕助作品とか。
まぁ言い換えれば、2回目以降から面白く感じる系の作品です。
原作の小説は知りませんが、おそらくマーロウの一人称で描かれているんだろうなと想像させるのは、本作=映画としては最初から最後までマーロウが出ずっぱりである点。
マーロウが不在の場面がないんですよね。それ故、マーロウは本作に登場するキャラを全て知っているんですよ。
唯一、マーロウが知っていながら登場しないのはリーガンくらいなもの。割と重要な役、かつマーロウとも顔見知りの仲でありながら、回想シーンで登場させるという手を使わず、あくまでマーロウの一人称にこだわっているのが良いんですよ。
別の見方をすれば、事件を調査するマーロウを追う映画なのです。
ハンフリー・ボガートさんは割と贔屓にしているクラシック男優。
ボガートさん=ボギーがソフト帽&コートといった出で立ちで探偵を演じるモノクロ作品という、そんな雰囲気だけで好きなんですよ。『マルタの鷹』もそんな感じ。
ボギーは正~直、ルックスだけではあんまカッコ良くはないんですがね。劇中でも小柄である事をイジられてるし(笑)。
ただ、ボギーが演じる役って男が憧れる男が多いように思うんです。まさに男がピカピカの気障でいられた、あんたの時代は良かった、だね。
古臭いファンタジーと言う人もいるでしょうが、まぁそんな連中にゃボギーの魅力は分からないし、分からなくていいからあっち行け!
コートに拳銃に加え、車も探偵映画には欠かせません。
マーロウもそんな例に漏れず、38年製プリムスのデラックスP-6(色々と違うかも)とかいう車に乗っていますが、あんま高級車ではなかったようです。
そんな大衆車ながら隠し装備があり、運転席の脇のスイッチをひねると、ダッシュボードの下部から拳銃のラックが現れるんですよ(2丁収納できるのが本格的)。
なんかボンドカーの走りみたいでカッコ良くないですか?
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Blu-ray版には1946年に公開されたものと、これより前に一旦の完成を遂げていた1945年版が収録されています。
1945年には完成していながら、アメリカでは時期的にも戦争映画の公開が優先されていたそうで、本作が後回しにされている間にもう一度見直し、撮り直しをしてまでダメなシーンを差し換えたのが1946年版なんだそうです。いわゆる完全版の走りですね。
撮り直した多くは主演のローレン・バコールさんに関するものだったそうで、よっぽどバコールさんに依存するところが大きかったんでしょうね。あの猫顔、どこかミラ・ジョヴォヴィッチさんを連想するんだよな。