読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る) -7ページ目

読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

今、放送大学の教養学部を、人間と文化コースでこの’26年3月に卒業して、そのまま4月からは心理と教育コースで継続入学中です。

 

放送大学の面白いのは、一度あるコースを卒業して継続入学すると、次の別コースの科目を新規で、わずか16単位を取っちゃうと、

自動的に卒業してしまうんですね。

 

だから、少しでも長く在籍して、面白く興味のある各地の面接授業を取るためには、「卒業しない工夫」に、腐心する学生が出てきます。

これは、他大学にはまず見られない現象だと思います。

今回の僕などもそうで、’20-’26年までギリギリ在籍して、最後の、この’26年第2学期に卒業できるよう工夫しました。

もちろん、慶應通信をはじめ、幾つもの大学や、放送大学の大学院も修了している僕は、いまさら卒業に意味を見出しておりません。

ですから、卒業しないで、次の’26年4月に継続入学でも構わなかったのですが、

放送大学では、時々、共用科目があって、計算違いで「うっかり」卒業してしまうことがあるんです。笑

 

例えば「ゲーム理論入門(’25)」というオンライン科目など、表向きは情報コース科目なんですが、

(名前からして、流行りの「ゲーム理論」は情報系ですよね。

 もちろん、これは携帯のゲームを研究するものではなくて、社会現象(政治学など)をさまざまに理論化して解き明かす学問です)

心理と教育コースの所属者が受講すると、その専門コース科目にカウントされると、小さく表記されてます。笑)

 

で、僕の今の関心領域は、文学関係なので、ほぼ「人間と文化コース」なのですが、時々、こういった共用科目があるので、

一度、卒業しないと、「うっかり卒業」しかねないので、そうした、という次第です。

 

ちなみに、’26年度第1学期の、僕の履修決定済み科目は、何度もお知らせしていますので、科目名は省略しますが、

放送授業科目1つ、面接授業科目で6つあります。

 

ところが、新年度の履修状況を、システムWAKABAで確認すると、次のような表示でした。

 

放送大学 単位修得累計表

 

わかりますか?

この単位表の自コースの赤字表記の「16」単位が、僕の不足単位です。

ところが、履修中は「ゼロ」表記なんですね。

もちろん、それは4/1からでないと、履修にはならないから表示されないゼロで当たり前ですよね。

 

次の履修する面接授業には、1単位分、教育分野があるので、4/1以降は不足分が「15」になるはずです。

 

放送大学は、前後期制で、1年に2期あります。

またギリギリ6年(12期)在籍できるように、操作すれば、残り11期あります。

 

この心理と教育コースで、すでに取りたい科目に、放送授業で「精神分析とユング心理学(’23)」2単位、「司法・犯罪心理学(’26)」2単位。

同じ放送授業の共用科目に、「色を探究する(’23)」2単位と、オンライン科目の「「日本語らしさ」とは何か(’25)」2単位、

「時間を極める(’23)」1単位、「ゲーム理論入門(’25)」1単位で、すでに合計10単位あります。

 

面接授業で、所属する兵庫学習センターで、「灘五郷日本酒学」や、臨床心理学系科目もあるので、これで計2単位です。

やばい!

見落としている隠れ共用科目があると、6年保たずに「うっかり卒業」しかねないです。草www

 

面接授業を決める時には、面白いかどうかが第1条件で、次は日程が合うか、どこで泊まるか、交通費はいくらかに関心が行くので、

絶対に「うっかり」します。

 

まして、落選したから、と、代替で探したりすると、100%「うっかり」しますから。

 

果たして、6年後の’32年に、再び継続入学するかどうかはいまだ未知数なんですが、おそらく謀ってしまう可能性は大です。笑

 

こうやって、いろいろと考えるのが、実はすごく好きなのです。

もう次の次の第2学期に、取る科目を物色してますからね。

 

こんなアホな空想じゃなくて、長編小説を書かないといけない。

(これ、明らかに、逃避行為ですから)