今日は、臨時で通常とは違う、連休前の、1日仕事の日になっています。
もと群像向けの、今は文學界新人賞向けの原稿は、昨日と変わらずの10枚ですが、
きちん見直していて、昨日よりは矛盾のない、ちゃんとした10枚になっています。
1日数行作戦は成功しつつあるでしょう。
何よりも、今は、設定した状況下へ、どんどんと出来事を数件、掘り込んで、
人物群渦へ問いただしながら記録すればいい。
今は、そういう感覚で、やるだけのこと。
結局、去年までの、いや、8月までの僕は、この状況と出来事の区別がついていなかった。
素材を小説へ調理する腕はもうあるのに、その順序がひどく曖昧だった気がする。
ちょうど評論文を読んでも〈鳥の眼からのプロップ的な構造主義視点〉で観れる今と、4月までの自分を比べても同じだ。
知見はあってもきちんと調理法が確立できなかったんだな。
たぶん、今の職場地獄も、そのためのクリアが必須条件になっているステージだったように思えてくる。
それは大勢に影響のない、どうでもいい経験値稼ぎの場なんだけど、物事が評論文を読んだ時だけでなく、
リアルに起きる状況下の解析や、個別な出来事の抽象化ができるようになっている、気がする。
そんな中、早朝の5時の朝焼けの空をベランダから見ていて、ふと思った。
あの’00年に美術と大学通信の世界へ挑んだとき。
あの、真っ白なキャンバスを前に二時間、何も書けなかった数日。
卒制発表会での酷評と違和感。
’04年に向き合った映像とアニメーションの世界。
さらに’08年のマンガ学会の世界とプロの作家や、マンガ家などの才能人を生で見たこと、
それらへの無限の憧れから溢れ、歩み出した文芸への道。
その18年前の牛歩から、途中で、予想外にこぼれ出た’16年の某全国賞と、詩界への扉。
それらと同時期に25年以上続いた、数々の仕事上の絶望と困難。
そう思うと、今、立っている位置のミラクルさを感じる。
ここは、決して、当たり前の場所じゃない。
小説が「観えること」や、書けることは決して当たり前じゃない。
そのことは少し誇ってもいいんだよな。
もっと前へ。
一歩でも二歩でも。
その確証は作品として書き上げることでしか証明も認知もできない。
だから、僕は書く。
