金曜日は、朝から仕事で、本来なら、午前で仕事が終わるはず。
ところが、昨日、例の如く、新規な仕事先では、いきなり、わからない仕事が「いついつまでにやってほしい」と期限付きで降ってくる。
しかも、僕は2ヶ所受け持ちだから、それってすぐやれない場合も多い、ってことになる。
わかっているのなら、早めに言うべきでは?
普通の社会人ならね。
相変わらずの、杓子定規くんは、こちらの都合など一切、考慮しない。
せめて、早めに予告してくれればいいのに、と思う。
こちらのスケジュールを、いろいろと調整する羽目になる。
いや、無償働きに近い強要になる、と言ったほうがいいか。
あと4ヶ月ちょっとの辛抱だ、とひたすら自分へ言い聞かせる。
ほんと、やれやれだ。
さて、小説創作の話なんですが、深く考えて、あっと気づいたことがあります。
人物が置かれた背景や状況下で、どんな出来事に対してどう動くかを考えることこそがストーリー展開なのじゃないか、ってこと。
状況と出来事って、似ていて重なる時もあるけど、長編の場合は、深刻な状況が背景化している時もある気がする。
状況と出来事の両者を混同していたのが、今までの僕だったんだ、とも思う。
深刻な状況ってのは、背景や来歴とリンクしている場合が多いから、そう簡単に解決できるもんじゃない。
それに対して、出来事は終わりがあり、章ごとに、シーンとして描き切れるけど、
状況が大きく動くからラストで解決か、争う手段を見つけて一時解決するのかな。
たまたま、京都芸術大学の文芸同人サークル(在校生と卒業生が所属できる)grafのメンバーの、
9月にやる合評会での提出作品を読んでいると、ダメな時の僕と同じで、状況と出来事の片方を描いたり、混同している気がしました。
あと、日常の環境も「状況・出来事」と細分化できる〈鳥の眼視点・ナラトロジー構造化〉が身についてきた気がする。
例えば、今の僕の、新規職場は悲惨な職場環境という状況下にいる。
そこで、いろいろな出来事が、日々、突発的に引き起こされ、こちらがその対応として強制的に右往左往させられる、みたいな。草
この、期限終わり状況は、僕個人にはどうにもならないんだよね。
もちろん、非常勤だから、あまりにも酷いパワハラ的な言動を強制させられるなら、「辞めます!」の選択肢は、あり、だ。
(だいぶと、近い気もしますがね)
でも、そうすると、罪のないクライアントに迷惑がかかるから、避けたいだけ。
ほんと、職業倫理の搾取だよね。