昨日も、基本はほとんど書けないまま、ダメダメ人間で過ごしつつ、
それでもわずかに、考えはまとまった日でした。
*「角野栄子あたらしい童話大賞」へ取り組み
一応は、昨日も書いた、「角野栄子あたらしい童話大賞」へ取り組んではいます。
本文自体は数行足しただけ、だけど。
だって、油断すると、なんとなくストーリーを考え始めてしまうから。
それって、すぐ呪縛され、いつもと同じ結果だからね。
(だから、書けなくなる→逃げ出す。笑。今、ここ)
けど、今は、対話・対峙相手をきっちりと設定して、物語ろうとしている。
すると、必然的に、シーンごとに言外に示すべき感情や、それが生きるシチュエーションがアイデアの片鱗として浮かびあがる気がする。
そもそも、この「角野栄子あたらしい童話大賞」は第2回該当作なしで、奨励賞止まり3作だった。
これって、ポプラ社お得意の話題作り・営業戦略がベースではないかな。
もしかしたら第1回は無理やりでも受賞作を出して、次回以降は賞金の出し渋り作戦かもね。(こらこら)
第2回選考委員に、僕の好きな絵本作家・武田美穂さんがいるので、日常からの意外なプチ・アイデア重視だったのだろうか。
予定調和じゃなくて、ネタの新鮮さが求められているな、と感じる。
角野栄子さんは、発想のユニークさや子どもだけでなく、大人にも広がるものを「新しい」と感じている気がする。
要はベタを避けるアイデアだよね。
そんなもの、おいそれと書けないよ。笑
ところで、そんな分析とは別に、今の僕のやるべきことは、主人公への対抗馬が要るかもしれない。
「出捌け」と、本編が20枚以下の短い制約の中で、子どもにもわかりやすくなるアイテム(いい小道具)が要るから、それも考えないと。
こうして帰着点を明確にして、必要なものから逆算しつつ、シーンを因果プロットから組み上げ、積んでいこうか。
考えれば、無意識のうちに、いつも、自分が書き上げられそうな話(主節・物語)ばかりを描いてきた。
「完成させたい」が第1目標だったからだろう。
まあ、いつも書き上げられない可能性に怯えていたからさ。
実際、長編は今年の1月以来、書き上げていない。
いや、長編どころか、途中の断念作ばかりで、書いては諦めの繰り返しでだ。
短編も、2月に集英社オレンジ文庫の短編小説新人賞30枚を書いたっきりで、ここ半年、短編すらも書き上げていないのだ。
(この間の戯曲36枚が久しぶりの完成作だ)
今、他人が読んでも面白いのが第1目標で、自分も満足できる作品を書き上げたいと思っている。
やはり、この差って「書き手ファースト」VS「読み手ファースト」だよね。
結局、今朝は、この路線で2枚ほど書き足しました。
新しい書き方と発想での創作は、なんとかなりそうです。
*で、逃げとして、他にいろいろとやったこと
で、書けない苦しさから、アニメを見たり、マンガを読んだりしていた。(ダメ人間!)
そんな中、放送大学のスクーリングの申し込み科目を、一部、変更して登録しなおした。
端的に書くと、
第7希望においていた、重複科目の「戯作で旅する江戸時代の東海道」を抹消した。
代わりに、オンライン科目「ゲーム理論入門」を入れた。
これで、類似の京都の「ゲーム理論で読み解く社会と進化」は落選で構わなくなった。
だから、「戯作で旅する江戸時代の東海道」の重複を辞めて、落選時は空きにすることになる。
さらに、他でも。落選が多い場合に、「戯作で旅する」を再度、選択で間に合うと考えたわけだ。
だから、合わせてもスクーリングが最大6つにしかならない。
なぜ、このオンラインとはいえ、類似の「ゲーム理論入門」を入れるかというと、
その最大の理由は、次年度に、調べ物があるオンライン科目「社会科学で綴る伝記」を取ることを考えているからだ。
なので、同じオンラインの「ゲーム理論入門」は、この2学期に受講しないと二つオンライン科目の受講になり、きついだよね。
根拠はないんですが、この「ゲーム理論」科目は、必ず小説創作の助けになる確信があるんです。
人物間対峙の、きっと手助けになる考え方の基礎になる。
元々、買っていた以下の「ゲーム理論」関係の本を読み流してみた結果の、そんな確信です。
(もちろん、ゲーム理論はテレビや携帯のゲームの攻略法ではありません。笑)
今日は、いよいよ、午後に姫路で「初心者のための戯曲講座」の最終日です。

