昨日、天下分け目の戦いのつもりで、と、このブログで書きました。
よし、自分の小説創作をスタートさせる気が、満々でした。
で、結果は……
敗れました。
ダメダメ。
_| ̄|○
1行も書けませんでした。
でも、他のエンタメ系小説とライトノベルの読み比べを行い、読み込み研究は進みました。
お陰で、何かしら再起を期す、手掛かりは大きなものを手に入れられた気がしています。
*原作ラノベ『悪役令嬢レベル99』の魅力と紹介
そのキーとなる本は、もちろん、昨日も書いた、アニメ化もされ、マンガも絶賛刊行中の、原作ライトノベル『悪役令嬢レベル99』です。
しつこく言いますが、原作よりマンガ版の方が面白くて、僕はファンです。(こらこら)
でも、この『悪役令嬢レベル99』原作ライトノベルも、面白いですよ。
僕はただのラノベには思えません。
本作を知らない人のために解説すると、
本作はいわゆる「異世界転生もの」になります。
主人公ユミエラは、現代社会に生きていた平凡な女性19歳が、伯爵の一人娘の赤ん坊として、
魔法や魔物、ダンジョンがある、中世社会へ転生する。
その西洋風の騎士・王様がいる王国では、彼女の黒髪は魔王とされ嫌われ、虐待される中で育つ。
その中で、前世の記憶と、この社会が日本での乙女ゲームの世界とそっくりで、自分が悪役令嬢になっていることを知る。
ユミエラは、魔物がいるダンジョンで、自らのレベル上げを行い、やがて、そのレベル上限「99」ランクに達してしまう。
結果、入学した学園でも、周りからはますます「魔王」と恐れられる生活を送ることになる。
しかし、天然ボケキャラのユミエラ本人は至って控えめに生きることを切望している。
彼女はドラゴンを卵から育てて溺愛したり、暗殺されかかったり、の奇行をしつつ、どんどん味方を増やしてゆく。
やがて、魔王対峙へ王子と光属性のヒロインたちと出発するが……の話である。
その冒険譚とは別に、ユミエラに恋する青年パトリックが現れ、彼との、嬉し恥ずかしの恋模様が、ストーリーの、もう一つの柱である。
と、以倉説明しても、その面白さは伝わりにくい。
原作ノベルを読んでください。
次に、コミック化されたマンガを楽しんでください。
そして、シーズン1が終了しているアニメを、Amazonやらで観て楽しんでください。
その上で、原作ラノベをもう一度、読むと、そのコミカルな魅力を数倍楽しめること間違いなしです。
おっとと、このままでは、ただの感想文になるので、次に、僕が小説創作者の観点から感心したことを書きます。
*『悪役令嬢レベル99』の凄さ。その語り口と展開の妙
さて、本作からの学びは、以下の通り。
・落語的なボケと突っ込みを、地の文と会話文と行いつつ、周りの人物たちの抱くユミエラの超絶的な攻撃力や防御力への恐怖と、
魔王的な残虐性の予想認識が、ユミエラの超常識人的(=現代日本人らしい平和主義なお花畑)思考からの穏便主義的な行動の落差。
そのギャップ萌えがあり、読む者に何度読んでも、笑いを誘う。
(このギャップ萌えに関しては、表情で見せるボケが視覚化されているマンガに軍配が上がるが)
・戯曲的な「出会いとハケ」(=人物の登場と退場)により生まれる出来事による、状況変化の面白さ、また巻き込まれ型の展開の妙。
・ダンジョンや魔物、魔法設定には目新しさは求めず、運用上の制約ギャップで新鮮さを感じさせる。
→結果、読み手は「どうなるどうなる」の期待でページを捲らざるを得ない。
この目新しさを目指して書くことに悩むより、ひたすら笑わせる姿勢に脱帽してしまう。
アイデアに悩まなくても、面白さは書けるんだよ。
・一つ一つに、ちゃんと理由の提示が伏線的に前もって仕込まれるか、後からすぐ補足され、読み手を納得させる前提は崩さない。
・冒頭の章で、児童文学の場合、友人や家族などの日常生活紹介や、トラウマ欠如を必ず入れているが、
お涙頂戴的な凡庸な展開の強要になって、すごく制限されるケースが多い。
対して、本作『悪役令嬢レベル99』では、それがない。
素気ないほど淡々と短く状況説明または描写しかなくて、かつ、すぐ出来事になっている気がする。
これは他のラノベにも共通するが、特に、本作では、「」付きの会話と、主人公の悪役令嬢「ユミエラ」の内的独白との、
掛け合い漫才的なやり取りが、この質素な地の文で、効果的になっていると思われる。
以上の分析結果を踏まえて、僕のこれから書く場合には、これの本作の見事さに倣いつつも、
乱暴で丁寧でないと、非ラノベ向け賞での、素気なさの(予想される)批判を、回避する程度には、少し描写を丁寧に加えてみたい。
または、出来事を入れてから、過去へ戻り描写しても良い。
児童文学の賞に応募するにしても、お決まりの低学年対応や配慮は不要はもう不要だな。
ここらは『銭天堂』の、冨安さんと比較してみるべきか。
この発想を持てたのは、この『悪役令嬢レベル99』の、面白さの成立見本のおかげだな。
または、〈読み手ファースト〉とは読み手に迎合するのではないと思うからだ。
つまり、読み手を認識できて書く目標・検証対象にできることであり、そこには、読み手の理解度への信頼や敬意を持つべきだ、とも、
思えたからだ。
大人も読める児童文学とは本来、そういうものであるべきだ、目指すべきだと感じたからである。



