やったね、当選しました!
姫路市文化国際交流財団の主催する「初心者のための戯曲講座」に。
その講座の初日開講日は、7/19ですから、4日後のこと。
もうすぐです。
(ということで、今日は演劇や脚本関係の話です。)
募集人数が10名程度で、締め切り2・3日前にメールで尋ねると、11名の希望者だったので、大丈夫だと思ってはいました。
けれど、僕も自分のブログや色々なところで宣伝してしまっていたので、土壇場で人数超過で落選もありかと腹を括っておりました。
(なら、極秘にすべきなのですが、いいものは宣伝する主義なので)
「良かった。良かった」
で、調子に乗って、この間、伊丹の図書館で見つけたチラシも、ここにアップしておきます。
こちらは先着順。
まだ1回だけにするか、4回通しにするか、迷っていますが、たぶん全4回を申し込むでしょう。
先の姫路市の分と、この伊丹市を連続させると、僕がいかにも演劇関係に興味があるように見えるでしょうが、
十数年前の一時期、結構、演劇を年間、数本、観た時期もありますが、基本、演劇も戯曲も一般人よりはちょっと知っている程度です。
戯曲の書き方やペラなどは、数点、気まぐれで書いた経験はありますし、
新井一さんのシナリオの書き方本を、小説のために詳しく読んだ事実はありますが。
あれは、小説創作者も必見の名著ですからね。
話が冒頭の姫路市のワークショップに戻りますが、このブログでも以下の記事に書きましたように、
この’26年2月に、同じ姫路市財団が主催する、姉妹講座「初心者のための演劇講座」を僕は受講しました。
その2月の講座を受けて、僕は自分の小説創作における、
【紙面上での、読み手ファースト感覚による非言語化(=ゲシュタルト)表現】の大切さに気づくことができた、と思っている。
この感覚からの書き方を、まだ完全に自分が体得できた訳じゃないんだけどね。
これは紙面上では、あえて詳しく書かずに読む手に任せる感覚です。
こう書くと単純なんですが、必要な情報は読み手に知らせないといけないのは当たり前なので、
都度、書くたびごとに、どこまで書くかは千変万化して、文字通り【感覚的なもの】になります。
じゃあ、適当でいいか、というとそうじゃない。
それだと独りよがりな自分勝手、「書き手ファースト感覚」の間違った隘路にはまりこんでしまう。
ヤジロベエ的な、微妙なバランス感覚が文章表現上で必須なんですよ。
じゃあどうすればいいか?
それが自分や登場人物を、外形描写的に突き放して遠くから眺める【外形描写】の感覚と、
読み手がこう感じているだろうとを併せ持つことが必要だ、と思い至りました。
すなわち、それを一言で言うと【演出感覚】でしょうか。
だから、上記のものは、【紙面上での、読み手ファースト感覚による非言語化(=ゲシュタルト)の演出表現】と記すべきだと思っています。
それをもっと高めて、より自由に使えるようにするには、今回の演劇的・戯曲的なワークショップ経験が必要だと認識しております。
姫路と伊丹の両方の体験をした後の、9月の僕は生まれ変わっている予感が、確信に近いものあります。笑
しかも、10月には放送大学・北海道での面接授業、村上春樹があります。
果たして、どうなるんでしょうね。
不安になるぐらい、変化と成長の大波がやってきそうです。
今日は休みです。
相変わらず、アクセス数カウンターは無茶苦茶で、昨日の夜400近く表示があっても、今日のまとめ集計では105。
4分の1です。www


