自分が講師をつとめる、甲南山手カルチャーセンターの文芸の書き方講座 「文学こと始め」教室に必要な紙資料の選定がやっと決まった。
今まで作った何十枚とあるものの中から、
「これかな? いや、これか。どうしようか」と考えていると、すべきことが次々と浮かび上がる。
まあ、今まだ何百回とやってきたことだから、どうとでもなる。
それと同時に、改めて、自分が師としての到達点(入賞の必要性)もより明確に感じる。
何より、一般の人に伝えられることに、自分自身が「ワクワクする」気分がある。
ある意味、少し高揚感を抱いてしまっている。
今回,成立できなくても、ここが必ず行くべき場所なんだ、と思う。
思えば、僕自身の人生、たくさん決意して、それに向けて行動し続けてきた結果が、今の僕なんですよ。
できないとわかっていても行動した18年前の小説書きへのチャレンジ、
「できる気がする。詩が。ても、本当に」と疑いつつも、小説の書き方を転用するアイデアを思いつき、行動した詩への転用書き。
その行動は10年前。
さらに、5年後のお正月に、詩集を作ろうと思いつく。
すぐさま七月堂へ連絡。
30万円を覚悟した、あの5年前。
まだ早い、とか、勿体無い、とかの内なる賢者の声を無視した,その時。
やはり、今の同じくらいの興奮と高揚感があった気がする。
そして、大した決断じゃないけど、放送大学の面接授業の非・近畿への遠征宿泊受講は3年前。
もちろん、自分ならいつかやる決意を固めるだろう、とは、予想の範囲内。
その、初の非・近畿圏スクは、’23年第2学期のことでした。
場所は、山口県の「村上春樹の世界」。
以来、’24年①(1学期)栃木「日本近代の小説(文学史)」。
’25年①埼玉「絵画表現」、同①文京区「ラジオ制作」と荒川洋治・朝日カル。
同②徳島「英米文学を愉しむ(カーヴァー)」、同②足立区「多和田葉子」。
そして、今年'26年が、①愛媛「日本近代文学(漱石と子規)」、同①福島「言葉の発達と読み(立松和平)」、同①北海道「太宰治」となる。
神様は、努力する者、山ほど失敗と無駄に向き合い、それでも足掻き続けるものに、
ときどき手助けの、シンクロニシティをくださる、こともある。
そう信じています。