深まる小説と詩の文体感覚と、その理論的な認識。マンガ『魔法世界の受付嬢になりたいです』のこと | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

さあ、GWの2日目です。

昨日は、午後、いつもの体育館へ筋トレへ行きました。

それと図書館やら郵便局やら。

 

で、その午前中に、なんと!

だらだら改稿しながら、「これじゃない」感を持っていた永瀬清子現代詩賞の詩原稿を完成させました。

ついでに、ユリイカの今月分の投稿詩を書き、なんと伊東静雄賞の詩の応募作品も書き、投函しました。

もしかしたら、永瀬清子現代詩賞は、締切の5/17まで引っ張るかな、と思ったりもしていたんですが、その危惧は見事に外れました。

(これで、三ヶ月以内に締切のある詩の1篇での応募は、6/30〆切の日本詩歌句随筆評論大賞、8/31〆切の詩と思想新人賞だけになる)

 

このGW中の目標を、こんなにどんどんクリアできたのは、自分が集中力を切らさず、頑張ったからの結果なんですが、

単にそれだけではなかったと思います。

ずっとここで話題にしていた読み手ファースト感覚の新しい書き方を、外形描写との結びつけ方とも合わせつつ、

昨日も触れた額賀澪さんの『小説の書き方の教科書』によって、書く感覚として深められたからです。

もちろん、その本で説かれた内容は、小説向けなんですが、僕の詩の書き方はもともとが自分の小説の書き方から分岐したものなので、

小説の理解が進むと、勝手に詩の書き方も連動して深まっちゃうんですね。

 

 

 

 

きっと、この額賀さんの理論を、ご自身の小説で確認したら、もっと面白いんでしょうが、そこまでの余裕が今ありません。

(今日は午前、バドミントンのコーチに出かけますしね)

 

その理解でき、体得しつつある文体感覚は、自分のメモに、こんな風に自問自答を書きました。

 

「この〈読み手に向かって書く感覚〉って,かなり意識を強く持たないと、

 すぐ「どんなストーリーを書けばいいのか」という、自分のデフォルトのスタート意識に飲み込まれ、存在自体を忘れてしまいそうだ。

 額賀さんの指摘するように、いつも‘自分の頭の中の映像’を文章化してシーンとして構築することに苦慮していた。

 そうじゃなくて、〈読み手の頭の中にシーンを再現する〉ことを第一目標にすべきだったんだね。

 

 それって、自分のそばから離れた、読み手の心を映す外部カメラと、シーンという舞台全体を写すカメラの二つを両方とも新たに用意する感覚だった。

 今までの、自分の頭の中と、自分の周りを映していれはいいカメラ配置とは、かなり違う。

 僕の詩の創作スタイルはこの自分中心な撮影配置だったんだ。

 

 小説創作の時だけ、この古いスタイルというわけには行かないから、今回から詩の書くスタイルも変わりました。

 

 あと、僕は自分が好きなマンガと映像感覚そのままで行こうとしている気がする。

 額賀さんの指摘するように、文章では読み手の頭の中に〈再生〉するには、額賀さんの「何を」と「どうした」が重要で、

 つい欠けたままのダメな人が多いの指摘にすごく納得できた。

 

 自分が、ここのところで曖昧な理解のまま来ていたから、すっぽりと当てはまりそうだ。

 ただ、それは両者が別物ではなくて、実は場所と状況が絡み合って表現されてるという額賀さんの指摘が甘くて誤解されそうに感じた。

 別々だと誤解されかねないな」

 

こうして自分が体感したものを列挙・解析していると、

ほんの少し理解を進めただけで、今までバラバラだった他の知見がまるでロケット・ブースターのように組み合わされて、

遥かな天上世界へと自分を押し上げてくれた感覚がある。

 

 

 

今、たまたま読んだマンガ『魔法世界の受付嬢になりたいです』を読みながら、面白いな、と思いつつ、ページをめくっても、

そのマンガの各コマを写してあるカメラ配置がなんとなく浮かび上がり、見える。

(このマンガ、面白い!

 人物の心情変化が深くて、丁寧で、かつファンタジー的な世界観も素晴らしく精緻。

 かつ、少女マンガ的な恋愛と、ツンなイケメンも、王子様もゾロゾロ登場します)

 

今まで、マンガを読む際にも、ストーリー展開にのみこまれて、そんなカメラ位置なんて全然気にならなかった。

その存在が全く見えなかったのに。

 

今は、消えてるものの存在が、感覚的に分かる。笑

特殊能力じゃん。草www

 

さあ、今日の午後は、永井荷風新人賞(5/31締切)への同賞への去年の落選作の、改稿作業をとにかくやってみたくなってる。

変にいいものに変えようなんて欲深い気持ちを持つと、また書けなくなるし、ストーリー展開の呪縛に絡め取られるだろうから、

とにかく書き出すことが大事な気がする。

失敗作でいい、今は書きさえすれば,何かが見つかる気がするから。

 

ラスボスを倒すのを目標にしないゲームをやり始めるものか。笑

 

ますます深まる小説と詩の文体感覚と、その理論的な認識。

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それらは、僕をどこへ運んでゆくのでしょうか。

全然、予測不能です。