深まる長編小説への書き方アプローチ。三浦しをんさんに学ぶ | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

三浦しをんさんの小説の書き方本、『マナーはいらない』を読み進めています。


結果、どんどん深まる長編小説への書き方アプローチの考え方があります。

 

 考えながら、自分の中の小説感覚と比較しながらなので、

なかなか読みおわりません。

さらに、前半を読み流しで、中盤から解析読みしているので、

まだ、40%ほど、読み残しがあります。


どこかよかったかは、昨日のかのブログで書きましたので、そこをお読みください。


その、三浦しをん式の、【出来事による人物群渦の変化と葛藤の展開】と、(僕が勝手に名付けたもの)が、わかったのなら、

それに基づく作品作りをしてみよう、ともちろん考えております。


偶然にも、この年始に完成させたエンタメ系小説400枚『ぼく、神さまになったよ』では、副主人公のヒロインの箇所については、

それと同じ【出来事による変化】をやっておりました。

(正解の青い鳥を掴んでいるのに、素人の浅はかさ、すぐそれを捨てて、別のものを、探していた、という訳です。笑)


きっと、僭越ながら、三浦しをんさんと、僕の小説創作感覚には、似ているところが多いのでしょうね。


また、この同じ【出来事葛藤による展開変化】の図式は、今、注目している中島京子の感覚にも見え隠れする気がしています。


すると、いよいよシンクロニシティな出会いだったんだと感じます。


ちょっと違う角度から、長編小説の書き方について述べると、

長編小説の書き方は、結局は、分からなくて当たり前だったんだな、と思います。


フロップの解く類型抽象の芯を除けば、非固定式な書き方を、三浦さんも述べておられるので。


いや、固定というよりも、むしろ、融通無碍な妖怪〈鵺〉のように、

長編小説は、書く相手に合わせて、都度、姿を変える幼獣だったんだね。

それを必死で固定化しようと絶望的に無駄な不可能ごとを、ずっと18年も僕はやっていたんだ。


姿を変える生き物を見つけることは不可能です。そんなミッション・イン・ボシブルな狩猟をしようと、

毎日、呻吟しながら、野を駆けて来たんだ。