昨日の、このブログ記事で紹介した、「芥川賞そのまま獲っちゃうぞ作戦」という恥ずかしい、お馬鹿なネーミング以外に、
もう一つの作戦を急遽、実践開始しています。
その作戦名とは、
《オレンジ文庫・短編小説新人賞の熟成作戦》 byエンタメ系。
また、これも馬鹿っぽいネーミングです。笑
これは、集英社がライト文芸系で、年4回実施している、《オレンジ文庫・短編小説新人賞》を執ろうというものです。
正賞以外にも佳作も数本あるから、普通の長編小説賞よりは遥かに獲りやすいはず。
実は、この作戦を考える前に、もう既に6月に1編応募済みなんですね。笑
もう、直近の来月10月17日に、その結果がweb発表されます。
楽しみですね。
当初の予定では、お試しの初応募だったので、この’25年度は1回だけの予定でした。
でも、カルチャーセンター講座を持つためには、これぐらいは欲しいなあ、と思い、
急遽、メインの作戦に昇格・発動させることにしました。
ぶっちゃけ、一般人は、詩の賞のことなんか、わかりやしない。
伊東静雄賞の方が、詩と思想新人賞や、白鳥省吾賞より上だと僕は感じていますが、
これすら誰かに言われた訳じゃない感覚的なものですから。
残念ながら、永瀬清子現代詩賞は、それら三つよりもマイナーだと感じていますし、
この間、名称が変わった氷見現代詩対象の位置付けはもっとよくわからない。
賞金額からは、伊東静雄賞に匹敵しそうに思いますが、どうなんでしょう。
詩1篇でもらう賞としての最高位は、現代詩手帖賞と、ユリイカの新人、だと思うのですが、
それに肉薄しているのが、西脇順三郎賞の新人賞だと感じています。
けど、これらって、たぶん、僕より上の、本物のプロ詩人たちはあまり関心がないから、
手帖賞とユリイカしか認識してないんじゃないでしょうか。
(御免なさい。詩誌「ココア共和国」関係の賞が、どう位置付けされるのかは、さっぱりです。
詩界での認知度は低いと思います。)
* * * * * *
また、小説界でも同じようなものです。
各種の文学賞の位置付けなんて、一般的に、わかるはずもありません。
そもそも、失礼ながら、
一般の方には、果たしてエンタメ系と純文学系の区別がついているかも怪しい。
さらに、その純文学系の公募小説賞に限っても、いわゆる5大文芸誌よりも太宰治賞の方が、上だ、
と感じているだろう、と推測しています。
嘗ての僕がそうでしたから。
この間、三田文学新人賞から名前が変わった、永井荷風新人賞でも同じ。
人により、文芸誌賞よりも、文学史的に名のある、そっちが格上に感じる場合があるでしょう。
まあ、開催回数を見れば、わかるんですがね。
そう考えれば、冒頭の話に戻りますが、
たかがオレンジ文庫でも短編小説新人賞の「集英社オレンジのネームバリューは大きい。
つまり、講座を持つような、次元上昇のためには、
この《オレンジ文庫・短編小説新人賞の熟成作戦》と銘打って、どんどん取り組むべきだ、
と僕は考えた訳です。
今年度、僕が応募予定の、各種の長編賞とは別に、このオレンジ文庫へ、
9月・12月・3月・6月と続けて応募しよう、と結論に至りました。
実は、ユリイカや現代詩手帖へ応募するよりも、世間的な認知をされる、次元上昇度は、集英社ブランドの方が絶対的に上だからね。
つまり、延べで計算すると、こちらの方が圧倒的に労力コスパ・期間タイパがいいんじゃないか。
そうそう、そうだ。
だから、是非とも欲しい、手に入れるべきものだ。
回数があるから、アイデア次第で、頑張れば、すぐ手に入れられるんじゃないか。
僕の中では、詩よりも小説を「神格化」し過ぎているんですよ。
自分にとっては当たり前だから、つい自己卑下と過小評価してしまうんだけど、
自分の解析力・適応力・研究心・積み重ねた学ビスト実績春と思います。
その修得したものを信じて、ぶつけてみるべきだと考えています。
また、何よりも、基本である小説の展開や構成力、読者への配慮感覚など、
エンタメを書く練習で得られる経験値と、アイデア作りの訓練にもなりますから。
また、集英社自体も宣伝してますが、この短編新人賞から、次に集英社ノベル大賞の長編へ挑戦することも、一応、頭の隅で僕も検討の余地だけは残しています。
12/10〆切の太宰治賞の後になりますが。
以上、このランク付けは、あくでも、僕個人の私感です。
ですから、あまり信じないようにお願いします。笑
