7月の中旬から、コツコツと書いていた、エンタメ系の長編小説「小説 野性時代新人賞」向け原稿ですが、
8/16に1次稿227枚で完成して、それから推敲して、一昨日2次稿が、30字×40行の書式だと250枚で完成しました。
ところが、この書式がもともと出そうと考えていた、小説現代新人賞のものだったので、
野性時代新人賞の書式、40字×40行の通常の原稿用紙設定に変更したところ、いきなり279枚になりました。笑
どうりで、なかなか書き終わらなかったし、2次稿の改稿作業も結構大変だったはずです。
おおかた、300枚ですね。
今、あらすじ・梗概をまとめていますが、最大2,000字もあるので、結構詳しく書けます。
こんなに多いのは初めてです。
普通は800字ぐらいなんですよ。
別に、筒いっぱい書かなくてもいいのでしょうが、基本、70%は埋める習性があるので。笑
Web応募もできるみたいですが、Macでやっているもので、Mac用のWordが信用できない。笑
ですので、プリントアウトして、紙原稿で確認して最終稿をチェックしたら、そのままへ郵送応募で投函しようと思います。
やれやれです。
一週間前に、このブログだけでなく、SNSのNoteの方にも、この経緯を報告しました。
今、長編小説用のフォーマットが自分の中で出来上がりつつあります、と。
推敲していても、そう感じます。
今回、本当に、フォーマットが自分の内部に確立できた気がしています。
昔、13年前に、無理やり300枚ぐらいの作品を書き上げたことがあって、無理やり講談社児童文学新人賞へ出しました。
無論、落選。
以来、何度か、150-350枚ぐらいの作品を書き上げてはきましたが、どれも無理やりで、
このブログでいつも言及している【ストーリー展開の呪縛】に苦しめられてきました。
ほんと、10年以上、落選レベルのつまらない作品しか書けないのが、悔しかったです。
今回の作品は、その全体【呪縛】を極力、排して書きました。
詩と同じ文章感覚(「ずれ・変化・発見」)と同じ感覚で、出発しつつ、書きながら、それへ戻る。
つまり、【ストーリーに呪縛】されていない、と感じながら書きました。
そのほかに、この10年間に、僕自身が会得したと感じる〈場の作り上げまとめ感覚〉、因果プロット、外形描写、
読み手ファースト読者への〈どうなるどうなる〉想定感覚、抽象化の離れて見る客観感覚、と、
僕がいろいろと名付けた文章を書く感覚を総動員できて、バランスよく仕上げられた、会心の出来ばえか、と思います。
(けど、落選なのでしょうね。笑)
思えば、あの9年前の、荒川洋治さんの詩の解説で、あれっ? これで詩が書けるじゃんと思ったこと。
そこに、自分のオリジナルの小説における文章感覚「ずれ・変化・発見」を当てはめたことで、
詩は、どこかで入賞・入選できる、自分なりのフォーマットを作り、文章への内部感覚を仕上げられております。
同じことが今回、やっと小説にも発生しているんだ、と信じたいです。
(18年間も。
まったく、何年かけているんだ。
諦めなかったことを褒めてやるべきか、ノロマであることを嘆くべきか)
何度か、これも書いております。
今週の土日8/23・24に、京都芸術大学の芸術学舎の講座「はじめて読む 大江健三郎」を受講するので、
今、そこで扱う大江作品を、この『自選短編』文庫本を中心にして、40年ぶりに読みながら、上記の小説スキルで分析解読しています。
まずデビュー作に近い短編「奇妙な仕事」。
分析読みすると、当たり前ですが、素人の楽しみで読んだ時とは違う大江健三郎文学が浮き上がってきました。
意外なことに、村上春樹っぽさを感じました。
時系列で言うと、逆なので、春樹さんが大江健三郎を真似たのか、と感じました。
さて、何度か、触れている、芥川賞作家・井戸川射子さんの言葉、
「(純文学)小説と詩は、「人ならざるもの」へ向けて書く」
その感覚を、「人」に向けて書いた今回のエンタメ小説との違いで比較しながら、内部調整しています。笑
今年度の、自分の執筆予定は、以下の通り。
8月: 小説 野性時代新人賞 200枚(エンタメ)
9月: 文學界新人賞(去年、落選作の再改稿) 150枚(純文学)
10-11月: 太宰治賞・新規 200枚(純文学)
12-1月上旬: 集英社ノベル大賞・改作 260枚(エンタメ・ライト文芸?)
1-3月: すばる文学賞・120枚 落選作の改作(純文学)
小説すばる新人賞・何かの改作? 300枚?(エンタメ)
とりあえず、改作も含めて、二本、純文学系の太宰治賞までは、なんとかできるかな、と思っております。
果たして、集英社ノベル大賞ができるのか、たどり着けるのか、
3月のすばる系の二つもできるというのか、まったくわかりません。
でも、書かないとスキルは身につかないし、仕上がらないので、やるしかないです。
たぶん、1作、書き上げる度に、見える景色が違ってくるのは、もう何度も経験済みです。やるしかありません。
11月に、放送大学で東京・足立学習センターで、「多和田葉子の世界」を受講したら、また、そこで質が変わると思っています。
まだまだ、夢をあきらめていませんし、成長するつもりでいます。
年齢を言い訳にできないんですよね、ここまで来たら。
そもそも、スタート時点でオジサンでしたから。

