ふくしま超短編脚本賞を仕上げて、送信 | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

昨日は、通院後、帰宅して、200字という超短編だけど、ふくしま超短編脚本賞への作品を仕上げる。

だいたいの案は会って、書き始めていたんですが、なんせ400字ぐらいにはなるので、どう200字に収めるかに四苦八苦。

とにかく仕上げましたが、これはこれで面白かった。

そんな会心の出来ではないから、落選するだろうし、もと原稿の400-600字はいつかどこかでまた別の作品の種にしてしまおう、と思いました。

 

やっぱり、作品を描いたり、特に仕上げるのは、達成感があって、すごく好きです。笑

それに、うん、うん、そうだね。

自分の分身割合が少ない方が自由に書けるし、客観的になれる気がして、面白くも感じました。

 

でも、昨日は、やはり疲れが取れないままでした。

 

ところで、文京学習センターでのラジオ制作班で一緒のグループになった女性3人にも「縁」を感じました。

小説をどう書くかの話をすると、すごく興味を持ってもらえて、この話はやっぱり訴求力があるなと感じます。

つまり、是が非でも受賞という結果を出して、こうした方々へ文学創作の種を広める、バトンを渡さないといけない、と強く思いました。

 

以下は、自分の個人メモ日記からの転用です。

 

*    *    *    *    *    *

 

もう機は熟しているんだよね。

Noteの紹介をしたから、受賞すればコンタクトが取れるかな。

その為にも、一つ目の頂点に登りつめるしか、もう道はないな、と思う。

 

ふと気づいた。

あの43年前だかの’82年に買った「現代詩手帖 特集号」の荒川洋治さんの黒田三郎「紙風船」の解説。

あれがその34年後の’16年に実は決定的な、詩を書く出発点だったんだ。

(どれだけ長い後の伏線回収なんだ。笑)

それまでに作り上げた、「ずれ・変化・発見」の小説原理を転用するきっかけになり、詩が書けるようになった。

 

また今思えば、その詩作体験がまた小説へフィードバックさえて、より一層の深い読解分析の礎になったことに気づく。

あの3原理の血肉化・身体化はあそこから始まったんだ。

そのことを荒川洋治先生に告げる機会を掴まないといけない。

 

審査員をされておられるのは、小説公募なら太宰治賞、非公募では川端康成文学賞(短編)だ。

なら、太宰賞は、力入れて頑張らないといけない。

 

うーん、何でだろう。

今回のスクーリングが決定的なシンクロニシティ的な意義・意味合いが隠され、付与されている感がしてならない。

しかも一つじゃなくて、いくつも複合的に広がる「糸」が発芽して、四方へ伸びてゆく感じがある。

洋治先生とはもちろん、もう一度会って、話す予感があるんだけど、他の人とも、そんな気がするんだよね。

 

わからない。

もう僕の手を離れて、事態は進行してゆく感がある。

「矢は放たれてしまった」感だ。

 

そうか! 

息を吐くように、詩のタネを見つけてしまう身体化された今。

だからこそ、洋治先生の言うように、〈自分にとっての究極の詩〉を一度書くべきなんだ。

今まで、もう一段階上がるのに、どうすればいいか少し困ってた。

そのうち探してたら、「見つかるさ」と思っていた。

 

いや違ったんだ。

「自分の中」に「見つける」んだな、と思った。

自分の手元に探し物はある。

正に、チルチルミチルの青い鳥か。

 

 

今日は朝から仕事です。

うーん、見逃し配信の視聴に追われてます。

まるで8月31日の小学生みたいに。(東京ラブストーリー、だね)