経過報告。講談社児童文学新人賞向け原稿の進展度。半分の160枚 | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

経過報告です。

講談社児童文学新人賞向け原稿の改稿作業の進展度。

ようやく、やっと半分の160枚に到達。主要人物は出揃いました。

 

改稿書きしていていると、ほんと事件を起こしさえすれば物語展開になるという感じを持っていたんだな、と改めて思います。

今は、その展開方向性とは別に、人物たちの気持ちを誘導する因果プロットに相当する「なぜ」「どうなるどうなる」感覚を、頭の中で大きく働かせながら書いています。

 

その感覚は、いわば、見えてくる見通しがゆらゆらと動いて未確定な感覚。

香盤表とかで、展開を決めて書くのとは、ずいぶん違う。

そうそう。

それって、この先(未来)への未確定感と、描き終わったもの(現在)への決定感があるのが、香盤表の決められた束縛感とは全く違うんですよね。

足らない伏線が、パッと浮かんで、それを付け足しにすでに書き終えたページへ戻り、書き足しながら進めてゆきます。

 

「なぜ」なぜ」「なぜ」と過去を見据えて、

「どうなる」「どうなる」と未来を想像する。

結果、生まれてくる現在の文章。

 

そんな感覚です。

その問い掛けに合わせて、書き直しては、登場人物と同じ発見や驚きを「現在」で味わいます。

 

以前の書き方は、外側から人物を動かしている感じ、今は内側から人物とともに見ている・歩いている・旅している感じが差異としてあります。

 

あくまでも、改稿作業なので、細部や扱われる素材、書かれた現象としては大きく違っても、物語の帰結は同じになる予定です。

つまり、事件はハッピーエンドで終わって、余韻を残らせる。

 

元々が落選したダメ作品なので、もう作品としての出来不出来は諦めて度外視しています。

この感覚を体得することが目標ですから。

出来不出来にこだわるから、書けない病が発生、罹患して重症化してしまうんですよね。

なんとか、あと二日ほどで終わらせて、日曜日に清書・最終推敲。

月曜日3/18に、先生の元へ送るつもりです。

 

今は、この苦しみから一刻も早く逃れたいです。