ふっと、詩を描きたくなる | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

ふっと、詩を描きたくなる。

そう。

不思議だ。

 

詩が書けるようになったのは、7年前なのに、今では描かずにはいられなくなる。

コトバを書くと、詩にしたくなる。

全然、カッコつけているのではなく、せずにはいられない。

身体の中にモヤモヤが溜まってしまうから。吐き出したくなる生理現象。

(小説は、そうじゃない。なのに、ひたすら、小説が描きたい。欲求だけあって、身体の中にはなくて、なのに、描きたい。

 でも、書けない。書けない事実だけに押しつぶされる生き地獄。)

 

今日の詩のモードの原因はわかっている。

昨日、三角みづ紀さんの詩の教室を受講したから。

受講生の皆さんの、たくさんの素敵な詩を三角さんの解説と共に読んだから。

すると、三角さんの感性が身体のどこかに残っていて、詩を描きたくなるんだ。

 

(この教室は心地よい。

 三角先生は、どんな作品にも優しい。

 優しくてすごく褒め上手。

 でも、誉め殺しじゃなく、ダメなところもちゃんと指摘してくれる。

 その人の感性(その人なりの詩の言葉)を掘り起こしてくれる姿勢がある。

 指摘するのは言葉だけに見えて、そうじゃない。

 そうそう、そうなんだ。

 何よりも不器用で、お優しい人柄そのままの、心地よさがある。

 けど、怖い。

 その心地よさが。

 

 だから、4月期からは継続しないで、逃げ出す。

 一度、離れた方が、きっと自分自身のためだ、となぜか思う。

 多分、今の僕はもっと、自分を壊したいんだ。

 今は、褒めて伸びる時期じゃなくて、もっと強いダメ出しに苦しまないといけない、と感じる。

 まだ何かが決定的に足りない気がするから。

 あるレベル以上に達していることは自分でもわかっている。

 けど、何か足りない。

 

 足りないパーツを見つけきゃいけない、本能的な切迫感がある。

 それを見つけたら、この教室へ戻ってこよう。

 感謝を込めて、作品を出したいと思う)

 

教室では、単純に作品としての詩の巧拙も興味深いけど、それよりも詩人として感覚、日常との接し方をこの1年間でご教授いただいた気がしています。

なぜでしょう。

 

きっと、三角先生の人と話すのが苦手で、急に上手く喋れない、キーボードを打てないという人柄やらから、〈詩の時間〉の過ごし方、入り方を学べたのでしょうね。

(小説は足りないところだらけで、まださっぱりだ)

 

また何よりも、昨日は僕の提出した詩作品を三角さんが分解解説してくれたから、

なおのこと、その輝いて見える自分のでありながら、他人のものに感じるポエジーを他へ移植したくなるのかも知れない。

落選作を一つ取り出すと、描ききれなかったポエジーが見える、気がする。

本当は、こうだったんだよね、と。

 

すると、65点だった詩が120点ぐらいに大化けする。

(合格点は100点オーバーだから、際限はないか)

その前に読んだ、資生堂の花椿のライト・バース的な趣のある詩になってしまう。

ちょうど4月募集だから、あと2ヶ月後だ。

そこへ出すことにしよう。

 

詩人モードになったから、来月分の「ユリイカ」や「現代詩手帖」、いや、次に出す予定の詩集用に練習作を書いておこう。

きっと、今読んでいる、荒川洋治の詩集『真珠』や、杉本真維子の詩集『皆神山』を読み終わると、もっともっと詩が描きたくなるだろうから。