おっと、アクセス数372で、23位。日本の児童文学史へ | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

昨日のアクセス数が、372というトンデモナイ数字でした。

その割に、この前の15位より低い23位。

いえ、23位でもすごいランクですがね。

単独記事だったし、300越えは不思議ですが、プロ詩人の資格云々に関心が集まったのでしょうか。

ともかく、皆様、ご訪問ありがとうございます。

 

さて、書くぞ、書くぞ、と言ってなかなか書き出さない評論研究文。

(いえ、メモ書き程度は、いっぱいしております)

そろそろ、煮詰まってきました。

 

たくさんの関連書籍を図書館を梯子して借りまくり、読みまくりました。

今回の岩瀬成子論をどんどん考えてゆくと、江國香織や戦後の児童文学史の行方に関わってきてしまった。

 

すると、13年前にやっていた慶應通信で卒論として書いた12万字のマンガ表現論で勉強、

そこで研究した広義の日本児童文化史(手塚治虫以前の、大城のぼる『汽車旅行』など漫画は戦前、児童文化ですよ)や、

次に放送大学大学院で、14万字の絵本論での修士論文でやった児童文学史の勉強が蘇ってきた。

手元に、山ほどある日本児童文学の歴史や研究の本を読み直す作業。

文字通り、過去との対峙・再会。

 

あの時と圧倒的に違うのは、僕の中の創作者としての経験値。

詩人としての多種多様な表現の習熟感覚、小説創作で得たテーマへの勘所などなど、今、その時と同じ本を読んでいても、見えるものがまるで違う。

 

まるで、名探偵が過去の隠された事実を掴むように、どんどん明らかにされる証拠の数々。

うーん、物語なら伏線回収して、読者に謎解きをするパートですね。笑

 

今の僕にしかできないこと。

13年前の僕には、見えなかったことがくっきりと見えるよ。笑

(こうしてみると、やはり、これもシンクロニシティな出来事で、ここで必ず通るべきイベントだったのか、と思う。

 これらの本、捨てないでもっていて、よかった。

 まだ、時代小説用の資料とか、児童文学関連での復刻版とか、活用しきれていないもの、たくさんあります。笑

 あれらの伏線も、いつか回収できる瞬間が来るのかしら?)

 

 

 

 

 

これは、もう単なる表現論ではなくなってしまう。

児童文学史とも関連したものになりそうだ。

それらをきちんと放出・放電してみせようか。

30枚では短いな。