今朝の時点で、「ちゅうでん児童文学賞」向け原稿を、
第2章、25枚まで書き上げました。
昨日もここで書いたように、今までとは全く違う書き方で、
とても書きやすい。
いや、描きやすい、と言うべきか。
頭の中に浮かんだシーンの中で、登場人物、その心の中、風の匂い、木々や車の騒音が体感できる。
何よりも、それらのシーンが時間的に、さまざまに変化してゆくことまで、ちゃんと(自分としては)流れるように文章化できる。
その前に書いた伏線やら、人物の言動やらを回収しながら。
今までだと、本当に四苦八苦で、
人物たちの言動をストーリーに合わせて、ギクシャク絞り出す感じだったんですね。
それとは大違い。
多分、書きやすすぎて、書き過ぎの部分があるでしょうから、それは後で削ればいいかな、と思っています。
今は、この形式段落ごとに、人物の心理を「まとめる」書き方を体得することが大事かな。
この場合の「まとめ」とは、従来の単なる説明ではなく、因果プロットを組み合わせて、読み手に「届ける意識で書く」ことです。
主人公の感覚だけでなく、滲み出る人柄や世界観、そして、次なる展開の伏線になる事象、それらがどう違ったのか、どう発見したのか、
どうなるはずだったのかのズレ、外れた予測、当たった予測等々。
それらは結果的に、人物たち、それぞれの生き様になります。
淡路の大鳴潮の渦のように、それら生き様の渦は波紋を広げる、時間経過とともに。
波紋は他人の生き様とぶつかり合い、時に消え、時に増幅される。
それがシーンとなる。
シーンはつながり変化しつつ、物語になってゆく、短編に、それがやがて長編へと成長する。
成長した物語は、主人公たちの成長の軌跡になる。
それが小説、と呼ばれる景色、形式を生む。
今は、そんな感覚を持っています。
これが果たして岩瀬成子マジックな文章の本当の秘訣なのかは、全然わかりませんが、
こんな解釈で、到達できた境地です。
ともかく書いて、残り150枚ほど(予定)は書き上げてみます。