今日も午前は仕事と、歌集『渡辺のわたし』 | 読書と、現代詩・小説創作、猫を愛する人たちへ送る。(32分の1の毎日の努力を綴る)

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文学創作と大学通信等を書いています。【やりたい夢(小説家)がある1/2→夢を叶える努力をする1/4→完成作を応募(挑戦)する1/8→落選する1/16→落選しても諦めず・また努力・挑戦する1/32】(=日々、この1/32の努力を綴るブログです。笑)

今日も午前は仕事。
しかも、通常のものではなく、単にいるだけというお付き合いの。
持ち帰り仕事、山ほどあるのに、逆にそれも出来ない。
それは家へ帰って、サービス残業?でやれってこと。
なんじゃそりゃ。

相変わらずのブラック業種。

さて、木下龍也さんが紹介していた話題の短歌集をなんとか手に入れて、
読み込んでいます。

今、凄いと思うのは斎藤斎藤さん。
歌集『渡辺のわたし』。
正に、衝撃的な短歌。
いや、これって、短歌の王道からしたら、短歌じやない。
五七五七七の皮だけかぶった《短詩》だ。

最近、ここのブログで、いくつかの歌集を絶賛したけど、
それらって、ちゃんと短歌のリズムがあった中での、秀歌なんですが、
これは別物。

ある意味、短歌版の川柳であり、狂歌のようでもある。
技法とか表現形態じやなくて、その前段階の、自分のなかでの、短歌の「タネ」の作り方を再考させられました。

そういえば、この歌集、一度、図書館で借りたことあったんですよ。
その時は、なんじゃこりや、でしたが、今はその凄さが見えます。
やっぱり、書き込んで分析しないとダメだ。
買わないとどうにもならない。