常識スイッチのON.OFFの難しさでしょうか。
僕の感覚では、小説など散文は常識を踏まえながら、
いかに非常識のズレを描くかに掛かっている。
最初から非常識をかいたのでは、すぐ、そんな馬鹿なと突っ込まれて終わってしまう。
詩や短歌だと、一瞬の切り取りなので、
そう破綻はないのですが、
散文は量が多くて、書けば書くほど矛盾が生じたりする場合があり、
一筋縄ではいかない。
かと言って、常識的なことばかり書いていては、だから? と退屈されてしまう。
普段、立派な?良識ある社会人として暮らしていれぼいるほど、
このギャップを乗り越えられないんじゃないかと思います。
詩を書いたり、季節の変化に季語を感じたりするのは、充分、変人で、
非常識な世界に足を踏み入れている気がするんですがね。