昨日も書きましたが、頑張って、ここ1ヶ月ずっと取り組んできた、
講談社児童文学新人賞向け草稿を完成させました。
400字詰め原稿用紙で245枚で、設定原稿で、301枚となり、ただ今、いくらか削除して、300枚に押し込みました。
パチパチ、やったね!
ちゃんと構成したまともな原稿で300枚の大台に乗ったののは、初めてです。
しかも、今回は初の試みである香盤表を基にした構成優先の書き方でしたから、
大変でしたが、とても色々な発見がありました。
自分としては、金メダルは無理でも、銅メダルぐらいはあげたい気分です。
これから、土曜日の小説教室でもらった昔話の王道パターンと対照しながら、
もう一度、各章の内容を煮詰めます。
見知らぬ
異国を旅して恐怖に打ち克ち悪を倒す「英雄ヒーロー譚」にするか、住み慣れた村で内面が変化して周りも変えていく「発見ヴァージン譚」にするか。
それとも、その他のパターンなのか。
確かめねばなりません。
ストーリーとは、個人の発想だけで作れるものなのか。
王道パターンを利用しつつ、新たなものを付け加える方を選ぶのか。
ある意味、個人という「プライヴェートな存在」が作家という「パブリックな存在」になるということ自体が【一つの物語】だと思うのです。
それは例えば、冬季オリンピックでメダルを取れば、ヒーロー・ヒロインが誕生して、マイナーだった競技がメジャーな「パブリックな競技」に変わるように。
人は物語を読み、体験し、変化する、ものだから、いつも【物語】を求めているのかもしれません。
いろいろ、まだまだ試したいことがあります。
今作は終わりではなく、これから長編創作を続ける【長い旅の始まり】の、スタートだと思っていますから。
あっ、これは【意思表明】であり、小説では主人公の意思(意志も含めた広義の志向性)が大事で、こういう考え方自体が【発見・気づき】ですよね。
やはり、小説には物語に加えて、哲学が必要となるのか。