ファスティングが終わって、振り返ってみた。

 

行う前は、日常当たり前のように行っていることが「ない」、言い換えると、食べることを「しない」、食べることを我慢する時間だと思っていた。何かが足りないことをあえてする修行のようなものと捉えていた。

 

実際行ってみて、ファスティングが教えてくれたことは、休む時間があってもいい、体と向き合う時間があってもいい、止まってもいいと赦すことを感じた時間だった。

 

いつも腸に働いてもらうのではなく、時には休ませて、腸に余白を与えてあげたいと感じた。食べ物を口に運んでいるのは、腸の望みというよりも、目が感じる誘惑の時が多い。

 

そんな癖があることに気づいたので、口に運ぶときに、腸が望んでいるのか、私の大切な腸に訊いてから口に運びたいと思う。