先日、父から送られてきたトマトを見たときに思い出したことがある🍅
箱を開けた瞬間、実家のある土地の気配を、少しだけ感じた気がした。
この前の帰省のことを、ふと思い出した。
備忘録として文字に残したいと思い、綴ることにした![]()
帰省中、お墓参りに行った。
田舎のお寺なので、寺務所に顔を出すと、お茶とお菓子を出してくれて、しばらく世間話をした。
その流れで、「子どもの頃、友達がいなくて心配だった」という話を父の口から聞いた。
その一言で、私は一気に、幼かったあの頃の自分に戻った気がした。
あの時、父にそう言われて、体がぎゅっと硬直した感覚を思い出した。
何を感じているのか分からず、どう言葉にしたらいいのかも分からなかった。
仮に言葉が見つかったとしても、それを受け入れてもらえない気がして、何も言えなかったのだと思う。
少人数で深く関わることに、私は昔から心地よさを感じていた。
大人数の中にいることは、今でもどこかストレスがある。
けれど子どもの頃の私は、それをうまく言葉にできなかったな。
「いちねんせいになったら🎵 いちねんせいになったら🎵 ともだち100人できるかな🎵」
という歌もあったくらいだから、友達を多く作ることはよいという当時のメッセージもあったのだろう。
父は、友達がたくさんいることがいいことだと思っている人だった。
実際、父は交友関係が広い。
だから、一人でいる私を見て、心配したのだと思う。
かわいそうだと思ったのか、痛々しいと感じたのか、その気持ちは分からない。
ただ、友達がたくさんいないことは、父にとって受け入れがたいことだったのだろう。
今の私なら、父の気持ちも少し分かる。
それは父自身の成功体験だったのだと思う。
でも、人の成功体験は、そのまま他者に当てはまるとは限らない。
あの頃の私も、今の私も、たくさんの友達を作って幅広く付き合いたいと思っているわけではない。
それは間違いでも、欠けているわけでもないと思う。
実家に戻ったことで、私はあの頃の自分に会いに行った。
そして、あの子はあのままでよかったのだと、今の自分が静かに確認した気がしている。
父が送ってくれたトマトを見ながら、心配していた人と、心配されていた子どものことを、少しだけ考えた。
本日もお読みいただきありがとうございました。

