シアトルのスターバックスで並んでいたとき、
私たちの目の前にいたのは、日本人高校生の修学旅行グループだった。

スマホに目を向けている、5人の男子。

 


つながっているのか、
それとも、それぞれが別のところにいるのか。
同じ場所にいるのに…

 

 

そんな様子を見ながら、

「『人それぞれ』がさみしい」、という言葉を、ふと思い出した。

 

 

 

 

 

 

その場面を眺めながら、ふと、
300年前のイギリス貴族子弟が経験していた「グランドツアー」のことが頭に浮かんだ。

 

 

今回の旅に持ってきた一冊、
積読の中からなぜか目が合って、バックパックに入れた本である。

 

 

 

 

グランドツアーは、ただの観光ではなく、
教育の締めくくりとしての長い旅だった。

 

 

アダム・スミスのようなチューターが同行し、
見たもの、出会ったものについて対話を重ねながら、理解を深めていく。

 

 

すぐに答えが出るわけではなく、分からないまま持ち帰り、時間をかけて考える。
そんな学び方だったのかもしれない。

 

 

今は、スマホひとつで、その場でいくらでも調べることができる。

 

 

けれど、その場で理解できることと、
あとからじわじわと立ち上がってくる理解は、
どこか質が違うようにも感じる。

 

 

今回の旅でも、私は帰国してから、気になったことを改めて調べている。

あのとき見たものは何だったのか。
なぜ気になったのか。

 

 

その答えは、旅の最中にははっきりしなかったけれど、
あとから少しずつ輪郭を持ちはじめる。

 

 

もしかしたら、これも小さなグランドツアーのようなものなのかもしれない。

旅は、その場で終わるものではなく、帰ってからも、続いていく。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

旅行中に、なんとなくカメラに収めたくて撮った写真を見返してみた。

後で調べたようと思って撮った写真があるので、整理しておきたい。

 

 

一つは、University of Alaska Museum of the Northを訪れたとき、アーティストが書いたメッセージ。

 

 

 

“All world art regardless of age is based on a will to express.
You portray art because you are a member of society and you interpret what is around you.
While doing this, others may try to limit you, but you have no limits.”

— Ron Senungetuk

 

 

すべての芸術は、「表現したい」という意志から生まれている。
私たちは社会の中に生きながら、目の前の世界を受け取り、それを表現している。
その途中で、誰かが私たちに枠を与えようとすることがある。
それでも、本来そこに限界はない。(AI翻訳)

 

 

もう一つは、シアトルで見つけた教会の写真。

“PRAYS WELL WITH OTHERS”と、複数の宗教の記号が並んでいた。

 

 

 

 

異なる信仰を持つ人たちと、ともに祈ること。
それが自然にできる世界だったら、どんなふうだろうかと思った。

 

 

あの時は衝動的に写真を撮ったけれど、
あとで調べてみると、どちらも興味深いものだった。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

フェアバンクスまでのフライトは、乗り継ぎを1回にする場合、シアトル経由が一般的である。

アラスカ航空とハワイアン航空が統合しているため、

ホノルルを経由、あるいはストップオーバーするルートも考えられるだろう。

 

 

スカイスキャナーで検索すると、往路はシアトルでの乗り継ぎ時間が長く、復路は早朝便になるケースが多い。
このスケジュールは、シニアトラベラーにとってはやや負担が大きい。😢

 

 

 

 

 

私たちは時間に余裕があるため、往路・復路ともにシアトルで宿泊し、

フェアバンクスの到着時間と出発時間を調整することにした。

 

 

若い頃は価格を重視して旅を組み立てていたが、その選び方は体に負担がかかると感じるようになった。
今回は体の負担を減らすことを優先した。

 

 

それができるのは、個人旅行のよさでもある。
何を最優先するのかを考えながら旅を組み立てていく。
その過程は、どこかパズルを解くような楽しさがある。🧩

 

 

本日もお読みいただきありがとうございました。