冬になると編み物がしたくなる。
冬の間中、細切れの時間を
糸で繋げたように、日常のシーンが編み物で繋がっている感覚。
そう書くとまるで編み物中心の日常か?
というとそういうわけではない。
編み物といっても、ソックスだったり、帽子だったりと小さなものを編んでいる。
完結が早いから。
大物を編むとなると、冬が終わってしまいそうだから。
だから、小さなあずま袋に針がささった編みかけのものをいつもカバンに持ち歩いて、手が空いた時に、編み編みする。
電車の中でも、カフェの中でも、休み時間でも。
作ったものに執着はなく、誰かにポイとあげてしまう。
編み出すと早く、完成を見たいし、
気になるから、編むのだが、
どうもそれだけではないらしい。
編んでいる時の心理状態は、
何だろう。
瞑想の連続ドラマ。
編み物の時間は細切れの時間だから
それほど長くはないのだけれど、
編み物に手を戻すと始まる瞑想ドラマ。
そのときそのときの
自分の心を引き戻し
なぞり、漂わせ、また心に戻すような。
波のような、
そんな時間。
が、多分心地いいから、ずっとやる。
何を得るわけでもないのだけれど
時間を食っているけど、
その時間は自分を自分に戻す時間。
春になってもやっていたりするのだけれど、
暖かくなってくると、
糸がこんがらがる。
これは顕著。
そして手が汗ばみ指通りも悪くなる。
編み物シーズン終了である。
そしてまた冬がやってくると、また編む。
毛糸だけはお気に入りで編まないと
続かない。
苦痛が続くことがわかった。
毛糸を見た時、可愛い💕となることが重要らしい。
そういえば、幼稚園のときの私の将来の夢。
毛糸屋さん。
その時、編み物していたわけではなく、
あやとりにはまっていたから。
お気に入りのあやとり紐を
お気に入りの糸で作りたいから。
今でも、欲しい毛糸がない時、
私好みの糸を集めたくなる。
私好み。そこが重要らしい。
私の根っこはそこにあるんだなって思う。
それ、大事にしよう。っと。
