◆前回のあらすじ◆

 

前回——泥酔した会議の夜。

 

地元の店の新人とLINEを交換した記憶だけがうっすらあった男に、翌朝から連絡が来る。

 

ぬるく始まった、最終部の物語。

 

 

 

 

【「chan」】

 

 

 

 

Gの話をしよう。

 

Gは来日したばかりだった。

 

私と会ったのは、日本に来てまだ2日目である。

 

LINEを知っている日本人は、おそらく私一人だった。

 

 

 

 

そしてGは、私を「◯◯chan」と呼んだ。

 

 

 

 

これがどれだけ珍しいか、説明させてほしい。

 

地元のフィリピンパブに、私はもう10年通っていた。

 

10年である。

 

フィリピンパブでは、客は「kuya ◯◯」(クヤ=お兄さん)か「◯◯さん」と呼ばれる。

 

私は地元の店ではすっかりベテラン客で、タレント全員から当然のようにkuyaと呼ばれていた。

 

お兄さんという名の、お父さん枠である。

 

 

 

「chan」は、初めてだった。

 

 

 

10年で、一度もなかった呼ばれ方が、来日2日目の女性から返ってきた。

 

少しドキッとした自分を、私は覚えている。

 

40男のドキッなど、他人には申告しにくい代物である。

 

だから、ここで初めて書いておく。

 

ドキッと、したのだ。

 

Gは、来たばかりで、私の店での立ち位置も、常連としての格も、何も知らなかった。

 

何も知らないから、ただの一人の男として、「chan」と呼んだ。

 

10年分の履歴書が、その二文字で消えた。

 

Zの記憶も、Aの記憶も、パロパロの評判も知らない子が、まっさらな呼び名をくれた。

 

あの二文字が、この最終部の始まりの音だったと、今ならわかる。

 

◆次回予告◆

 

第3話「店の前のトレーナー」——「寒いです。

 

ジャケットない。

 

貸してください」。

 

10年分の場数が男に教えたのは、疑うことだった。

 

Gからの一通のLINEが、その学習を裏切る。

 

この物語は全4部の実録エッセイです。第3部の結末は、noteの有料記事で公開しています。

 

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