◆前回のあらすじ◆

 

前回——2回目のサヨナラの夜、駐車場で見てしまった。「一歩の隙間」は、駐車場の数だけあった。

 

 

 

 

【桜】

 

 

 

 

それでも、である。

 

私はZに謝った。

 

見てしまった側の私が、謝ったのだ。

 

理由は単純で、それでも好きだったからだ。

 

この恋の力関係のすべてが、この一行に詰まっている。

 

読者諸君は呆れていい。

 

書いている本人が一番呆れている。

 

 

 

 

仲直りして、たまに連絡を取る関係に戻った。

 

 

 

 

2025年3月、Zは三度目の来日を果たした。

 

3月に同伴。

 

そのころの私は、地元のフィリピンパブにも相変わらず通っていて、いつしか、店に行く前に一人で居酒屋のカウンターに寄って一杯やる、という技まで覚えていた。

 

一人で居酒屋に入れなかった男の、誰にも頼まれていない成長である。

 

この世界は、男を少しずつ夜に慣らしていく。

 

そして4月、二人で桜を見に行った。

 

Zにとって、初めての桜だった。

 

フィリピンには、桜も雪もない。

 

だから彼女たちにとって、桜と雪は特別なものなのだと思う。

 

満開だった。

 

桜の下のZは写真を撮り、笑い、私の隣を歩いた。

 

彼女も桜も、きれいだった。

 

 

 

 

 

 

その帰り道だった。

 

出会いから2年。

 

キスと同伴と20万円。

 

それだけの時間をかけて、関係は店の中から一歩も進展していなかった。

 

手をつなぐ以上の何かがあったわけでもない。

 

同伴の時間はまだ残っていた。

 

桜がきれいで、彼女がきれいで、だからこそ、だったのだと思う。

 

私はまた、あの質問を口に出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた、お金だけじゃないよね?」

 

 

 

 

 

 

 

初めて聞く質問ではなかった。

 

これまでにも、何度か聞いたことがあった。

 

そのたびZは「違うよ」と言った。

 

「あなたはお客さんじゃない」と言ってくれたこともあった。

 

私はその言葉を、お守りみたいに何度も確かめてきたのだ。

 

でも、この日だけは違った。

 

Zは、本気で怒った。

 

まだ時間があるのに「帰る」の一点張り。

 

取り付く島もなかった。

 

車内の空気は帰り着くまで一度も戻らず、それが、私たちの最後のドライブになった。

 

あの質問は、答えを聞くための質問ではなかったのだと思う。

 

何度も同じ答えをもらっていたくせに、きれいすぎる帰り道に、私はまた確認せずにいられなかった。

 

あの本気の怒りが図星の怒りだったのか、それとも——何度「お客さんじゃない」と言っても、まだ疑われていたことへの悲しみの怒りだったのか、今でもわからない。

 

フィリピンパブの恋には、答え合わせの時間が用意されていない。

 

その後、私はZのメッセージを消し、LINEの友達からも消した。

 

指を三回動かすだけで、2年が消えた。

 

こんなにも好きだったのに、こんなにもあっけなく終わった。

 

2年間、ほとんど毎週90分の高速を走った。

 

誕生日にパンダを贈り、WiFi工事代を送り、朝の駐車場で泣き、別の駐車場で見てはいけないものを見て、それでも謝って、桜を見に行った。

 

積み上げたものの高さに比べて、崩れるのは一瞬だった。

 

恋の解体工事は、建設よりずっと工期が短い。

 

運命だと思っていた、わけではない。

 

ただ、運命であってほしいと願いながら通った2年だった。

 

なにはともあれ、運命ではなかったのだろう。

 

運命なら、桜の帰り道くらい、もう少しうまくやったはずだ。

 

私のスマホの写真フォルダには、今、あの地域の写真が一枚もない。

 

一足目のナイキが、今どこの道を歩いているのかも、知らない。

 

――第1部・完――

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

 

このあと自己紹介と番外編を挟んで、物語は第2部「成田から一時間」へ。

 

二足目のナイキが「同情」になるまでの一部始終です。

 

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