◆前回のあらすじ◆
前回——旅行中、頭の中はAでいっぱいだった。
そして致命的な事実に気づく。
LINEを交換していない。
【「覚えてるよ」】
店に入って、Aを指名した。
1ヶ月前に、30分接客しただけの客である。
向こうは商売で、毎晩何十人と客を見ている。
覚えているわけがない。
忘れられていて当然。
そこから始めればいい。
そう自分に言い聞かせて、隣に座ったAに探りを入れた。
覚えていた。
それも、細部までである。
私たちが座っていたテーブルの場所。
私が指名をしなかったこと(笑)。
あの夜の私が着ていた服の色まで覚えていて、「その色、好きな色」と言ってくれた。
私のクローゼットに今、その色の服が多いのは内緒である。
覚えていてくれたのである。
あの夜の、4ターン目の、延長もしなかった客を。
この瞬間の嬉しさを表現する語彙を、私は持っていない。
40男が店のソファで内心ガッツポーズである。
そして今度は間髪入れずにLINEを交換した。
学習能力とは、痛い目に遭った分だけ育つものである。
そこからは、第1部の読者にはお馴染みの展開になる。
毎週通う。
友達と行き、一人でも行く。
LINEは——実は、そんなに多くなかった。
Aは返信がまめなタイプではないのである。
ただ、Zの音信不通とは質が違った。
返す時はきちんと返す。
約束は破らない。
営業の甘い言葉より先に、真面目さが立つ人だった。
とにかく真面目。
Aの印象を一言で言えば、それに尽きる。
問題は距離だった。
あの街は、自宅からまともに行けば人生を問い直す距離にある。
ところが幸運なことに、私の仕事には毎週出張があり、その出張先からなら1時間ちょっとで行けた。
しかも出張の日程は自分で決められた。
決められて、しまったのである。
以降、私の出張計画は仕事の都合ではなく、Aの都合——もっと言えば同伴の日程——から逆算して組まれることになる。
出張し、店に寄り、翌日は休みを取り、4時間かけて帰る。
会社の経費精算書のどこにも現れない、真の目的地。
世のサラリーマン諸君、経理は騙せても、この原稿は正直に書く。
◆次回予告◆
第5話「『日本は初めて』」——覚えていてくれた。
それも細部まで。
そしてAの「初めて」の答え合わせが、思わぬ場所で起きる。
この物語は全4部の実録エッセイです。
第1部・第2部は全話無料、クライマックスの第3部はnoteで公開しています。
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