◆前回のあらすじ◆

 

前回——覚えていてくれた。

 

しかもテーブルの場所も、服の色まで。

 

Aは33歳、日本語がうまくて、そして「日本は初めて」だと言った。

 

 

 

 

【石鹸二万円と、一輪のバラ】

 

 

 

 

8月、初めての同伴。

 

待ち合わせで顔を見て、すぐに私は一輪の真紅のバラを渡した。

 

花束ではない。

 

一輪である。

 

安い。

 

かさばらない。

 

そして、絶対に喜ばれる。

 

Aは受け取って、笑って、匂いを嗅いだ。

 

花に鼻を近づける横顔というのは、どうしてああも無防備なのか。

 

この一輪のバラは、以後、私の生涯の武器になる。

 

私服のAは、店の印象と別人だった。

 

若いお姫様みたいな格好をしてきて、あれ? こんな子だっけ? と一瞬戸惑って、次の瞬間にはやっぱり可愛いなと思っていた。

 

脳の判定が早い。

 

恋とはそういうものである。

 

焼肉を食べて、ショッピングに行った。

 

Aは石鹸売り場で目の色を変えた。

 

あれよあれよという間にカゴが埋まっていく。

 

石鹸だけではなかったけれど、主に石鹸である。

 

石鹸、石鹸、また石鹸。

 

会計、2万円超。

 

石鹸で2万円である。

 

私は人生でまだ、自分のために2万円分の石鹸を買ったことがない。

 

後から知ったのだが、フィリピンには「パサルボン」という土産文化があるらしい。

 

帰国する時、家族や親戚やご近所に配るのだ。

 

つまりあの石鹸の山は、Aの贅沢ではなく、彼女が背負って帰る「日本」だった。

 

そう思うと、レシートの見え方も少し変わる。

 

少しだけだが。

 

帰り際、私は調子に乗った。

 

キスをしようとしたのだ。

 

Zの時は向こうからしてくれた。

 

今度も、という甘い計算があった。

 

ほっぺだった。

 

唇は、ほっぺに着地した。

 

( ノД`)シクシク——当時のLINEに私が打った顔文字を、そのまま歴史的資料として掲載しておく。

 

だが、あとになって思う。

 

誰にでもキスをした(のかもしれない)Zと、ほっぺしか許さなかったA。

 

どちらが誠実だったのだろう、と。

 

断られたことの方が、あとから本物に見えてくる。

 

恋の答え合わせは、いつも遅れてやってくる。

 

◆次回予告◆

 

第7話「熱があっても来る女性」——3回の同伴。

 

ドタキャン、熱を押しての出勤、そして順番を思い出せない濃密な日々。

 

この物語は全4部の実録エッセイです。

 

第1部・第2部は全話無料、クライマックスの第3部はnoteで公開しています。

 

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