◆前回のあらすじ◆
前回——手書きのラブレターと、Aが選んだ衣装と、お土産のZoom Vomero 5。
三人のサヨナラの夜、オリジナル衣装を着ていたのはAだけだった。
【鉄格子の家】
帰国後のAとは、しばらく連絡が続いた。
送金も、何回かした(学ばない男である。
ただし今回は工事代ではなかった、とだけ言っておく)。
毎月連絡すると言っていたのに、ある時からぷつりと途絶えて、3ヶ月音沙汰がなくなった。
3ヶ月後、ふいに連絡が来て、私たちは初めてテレビ電話をした。
画面の中のAは、髪が伸びていた。
伸びた髪のAは、やっぱり可愛かった。
画面越しにそれを確認して、安心して、少し切なくなった。
Aはフィリピンでモールで働いていて、帰国後も復職するつもりだった。
それが、できなくなったという。
詳しい事情はわからない。
ただ、そこから連絡は目に見えて減っていった。
生活が苦しくなると、人は連絡をしなくなる。
スマホの向こうの誰かに近況を送るには、送れるだけの近況が要るのだ。
一度、家の写真を見せてくれたことがある。
「フィリピン来たら、ここに泊まっていいよ」
鉄格子と、コンクリートの打ちっぱなしの床が写っていた。
牢獄みたいだ、と思ってしまった自分を、私は今でも少し恥じている。
Aはそこで生まれ育ち、そこから化粧をして日本に来て、お姫様みたいな私服で焼肉屋に現れていたのだ。
石鹸2万円分の「日本」を抱えて、あの家に帰っていったのだ。
Aには夢があった。
子どもを産みたい、と言っていた。
叶えてあげたかった。
救ってあげたい、と本気で思った。
思っただけだった。
4時間の距離は車で越えられたが、その先にあった距離は、私には越えられなかった。
Aとの連絡は、そうしてゆっくりと薄くなっていった。
喧嘩も事件もなく、ただ、フェードアウト。
Zが激情で終わったなら、Aは日暮れのように終わった。
二足目のナイキは、同情に。
あの靴が今、鉄格子の家のどこかにあるのかどうかは、知らない。
——と、これで終わっていれば、まだ綺麗だった。
だが私は、この日暮れを、このまま終わらせることができなかった。
その話は、幕間で書く。
◆次回予告◆
幕間「パロパロ、海を渡る」——フェードアウトした、はずだった。
なのに私は、消えていくAをこのままにできず、海を渡る決意をする。
舞台は初めて日本を出て、フィリピンへ。
ただし、私を迎えたのはAではなかった。
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この物語は全4部の実録エッセイです。
第1部・第2部は全話無料、クライマックスの第3部はnoteで公開しています。
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