◆前回のあらすじ◆

 

前回——不安に耐えかねて、私は「会いに行く」と決めた。

 

仕事をせず、一緒に過ごしてほしい。

 

費用は私が出す。

 

航空券を、予約しようとした。

 

 

 

 

【思いとどまる】

 

 

 

 

「この日の、何時に着く」

 

そうLINEを送って、その夜は眠りについた。

 

頭の中は、もう半分マニラにいた。

 

ところが、朝起きて、予約しようとした時——なぜか、指が止まった。

 

思いとどまった、というより、急に冷静になった。

 

今は、会うタイミングじゃない。

 

彼女は体調を崩しかけていて、生活も落ち着いていない。

 

そんな時に私が押しかけても、彼女に気を遣わせるだけだ。

 

会うなら、お互いが一番いい状態の時がいい。

 

 

 

 

私は、送り直した。

 

 

 

 

「お互い、いい時間に会おう」

 

 

 

 

そして、こう続けた。

 

一度会いに行って、あなたが実家に帰るタイミングで、一緒に帰ろう、と。

 

恋人として、彼女の家族に会いに行く。

 

それが、一番いい形だと思った。

 

彼女は、喜んでいた。

 

 

 

 

——ここで、少しだけ自分を褒めたい。

 

 

 

 

日本編の私なら、間違いなく予約ボタンを押していた。

 

会って5分でプロポーズする男である。

 

思いつきから行動まで、いつも一直線だった。

 

その男が、予約の直前で立ち止まって、相手にとって一番いいタイミングを選んだ。

 

10年で、少しは何か、学んだのかもしれない。

 

ほんの少しだけ。

 

 

 

 

【mahal na mahal kita】

 

 

 

 

その頃から、私のLINEは、ほとんどタガログ語になった。

 

もちろん、自力ではない。

 

AIに翻訳してもらっている。

 

令和の恋文である。

 

なぜタガログ語かというと、その方が、しっかり思いが伝わるからだ。

 

彼女の母語で、彼女の心に直接届けたい。

 

ちなみにGoogle翻訳は、直訳すぎて、時々おかしなことになる。

 

愛の言葉が、妙に事務的になったりする。

 

だからAIに「気持ちがちゃんと伝わるように」と頼む。

 

道具は最新、やっていることは不器用な純情。

 

それからは、毎日のように、言葉を交わした。

 

mahal kita(愛してる)。

 

i miss you。

 

当たり前のように、その言葉が行き交うようになった。

 

そしてある時、彼女が——初めて、だったと思う——LINEで、こう送ってきた。

 

mahal kita。

 

mahal na mahal kita。

 

とても、とても、愛してる。

 

電話では、何度も言ってくれていた。

 

でも、声は消える。

 

文字は、残る。

 

画面に残ったその一行を、私は何度も見た。

 

日本編で、彼女の呼び名は chan から mylove、mahal ko へと階段を上っていった。

 

その階段は、海を渡った今も、まだ一段ずつ、上り続けている。

 

 

 

 

◆次回予告◆

 

フィリピン編 第5話——「あなたに言えない、大きな秘密がある」。

 

ある日、彼女はそう切り出した。

 

私は、最悪の想像を、いくつもした。

 

この物語は全4部+続章の実録エッセイです。

 

日本編(第3部)は結末が有料。フィリピン編は、いまのところ無料で公開しています。

 

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