◆前回のあらすじ◆
前回——石鹸2万円と、ほっぺにキス。
ドタキャンと、熱を押して来てくれた夜。
3回の同伴が、記憶の順番を失うほど濃密に過ぎた。
【サヨナラの衣装】
秋が来て、Aのサヨナラが決まった。
私はこの日のために、手書きのラブレターを書いた。
40男の手書きのラブレターである。
書き損じて何枚か無駄にした。
それから、サヨナラの日にAが着る衣装を買った。
Aが「着たい」と言った、彼女の希望の衣装である。
ドレスを贈る客に、私はなっていた。
第1部でZのドレスをただ見上げていた男が、である。
人は成長する。
成長の方向は、選べない。
靴も買った。
こちらはサヨナラの夜のためではなく、フィリピンへ持って帰るお土産である。
ナイキのZoom Vomero 5。
これも、Aが「欲しい」と言った靴だった。
一足目のパンダと同じ「欲しい」のはずなのに、不思議と嫌な気はしなかった。
言われ方の問題なのか、言う人の問題なのか。
たぶん、後者である。
サヨナラの夜の店が祭りになることは、第1部で書いた。
その夜は、三人分の祭りだった。
Aの他にも二人、同じ日にサヨナラを迎える子がいたのである。
店は三倍混んでいて、三倍騒がしくて、花束とカメラのフラッシュがあちこちで上がっていた。
ただ——オリジナルの衣装を着ていたのは、三人の中でAだけだった。
彼女が選んで、私が贈った、一点ものの衣装。
それを着て店の真ん中に立つAを見て、私は、なんだか誇らしかった。
変な感情である。
着るのは私ではないのに、胸を張っていた。
恋というのは、隣の人間の胸まで張らせる。
人気者になっていたAは、なかなか私の席に来られなかった。
私は焦れながら、酒を舐めて待った。
最後の夜に、隣にいられない。
この世界の人気とは、そういう残酷さである。
その時、店長が動いた。
同じくAを指名していた別の客に「もう終わり」と告げて、帰らせたのである。
そして私に、最後の1時間をくれた。
店長なりの、餞別だったのだと思う。
同時にそれは「Aを指名する別の男」の存在を、私にはっきり見せた瞬間でもあった。
優しさと残酷は、この世界ではいつも同じ皿で出てくる。
最後の1時間、私たちは将来の話をした。
結婚したい、と言ったのは——私の方だった。
フィリピンに会いに行くから、その時は会ってほしい、と。
私の買った衣装を着て、私の書いた手紙を持ったAに、私はそう言った。
そして別れの時間が来て——キスはなかった。
ほっぺすら、なかった。
Aは最後まで、唇を許さない女性だった。
彼女はただ、帰っていった。
私のスマホの写真フォルダで、あの街の写真は9月の下旬で途絶えている。
サヨナラは10月の頭だったはずだ。
最後の夜の写真は、撮った。
撮って——また、削除した。
Zの時と同じ、三回の指の動きで。
◆次回予告◆
第9話「鉄格子の家」(第2部・完)——帰国後のAとの、静かなフェードアウト。
画面越しに見えた家と、越えられなかった距離の話。
この物語は全4部の実録エッセイです。
第1部・第2部は全話無料、クライマックスの第3部はnoteで公開しています。
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