◆前回のあらすじ◆
前回——サヨナラの夜、ドレスのZはいつもの2曲を歌った。男は朝の駐車場で泣き、明るい高速道路を90分走った。
【WiFi工事代、20万円】
Zがフィリピンに帰ると、連絡は途端に減った。
Zはスマホのデータ通信量を異常に気にする女だった。
フィリピンの通信事情を思えば無理もない、と思う気持ちが半分。
毎日「おはよう」をくれた人の既読が3日つかなくなった事実を見つめる気持ちが半分。
たまに来る連絡は、写真が一枚。
それから、お金の話。
最初は「WiFiの工事代」だった。
経験者なら膝を打つ定番である。
家にWiFiを引きたい、工事代が足りない。
次が「お母さんの病院代」。
役満だ。
Zは田舎の出身で、お母さんのために何度も日本に出稼ぎに来ている子だった。
それは嘘ではないのだと、今でも思っている。
ただ、嘘ではないことと、私が払うべきかは、別の問題だった。
当時はその区別がつかなかった。
私には自分ルールがあった。
スロットで勝ったら送る。
負けたら送らない。
あぶく銭だからノーカウント、という都合のいい会計基準である。
人間は、やめられない習慣に必ず「自分ルール」という装飾を施す。
その基準で、気づけば20万円ほど送っていた。
破産する額ではない。
笑い話にできる額だ。
ただ、会えない女性への20万円を「大した額じゃない」と言い張る男の顔を、私は鏡で何度か見た。
あまりいい顔ではなかった。
熱は、少しずつ冷めていった。
連絡が減れば熱も減る。
人間はそのようにできている。
そのはずだった。
◆次回予告◆
第6話「『冷たいな、あなた』」——Zが日本に戻ってくる。8ヶ月かけて冷ました気持ちの、蒸発までの所要時間。
この物語は全4部の実録エッセイです。
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