終わった人 の第3章 | 敦行の日記 続編

敦行の日記 続編

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高級外車の車中で鈴木さんと話をする



鈴木さんは
自分がメガバンクの子会社を定年になった ことを知っていた

親会社では役員一歩手前の役職にいたことも


オバサンたちがしゃったんだろう



鈴木さんからは

その若さでお辞めになって、すぐに働きたくなりませんでしたか?



もったいないですねえ。
まだ十分に仕事もできるし、東大や銀行の人脈も豊富でしょうに




俺は

やりたいことがいっぱいあるだの、

もう十分に働いただの

と見栄をはる




鈴木さんの仕事は

三流大学を出、名もないIT関係の会社に拾ってもらい、26歳の時に独立。ネットショッピングのソフト会社立ち上げたらしい




店にはジジババ、オバサン8人がいた




1人では生きられない

生かされてる

ジムに来るようになって変わった

みんなと会うと元気をもらえる


中高齢者の大好きな、これらの常套句に辟易し、俺はひたすら下を向いて肉豆腐をつついていた



そこに鈴木さんが思い出したように

友達から何十枚も芝居のチケットを買わされたので、みんなで行くのはどう?夜はそいつが飲み会主催するって


はしゃぐジジババたち




俺は

このところ、ちょっと忙しくて行けないんだ。残念だけど

と断る


こいつらとランチをするだけで、どんどん年寄り気分になってくるのに、芝居までつきあう気はない


家に帰ったがやることがない

妻が帰宅するまでの間、本を読んだり、テレビを見たりするしかない




定年から3ヶ月、
生きているのが幸せなのか不幸なのか、わからなくなっている



どこに飛ばされようとも、若い奴らに邪魔にされようとも65歳まで居残るべきだったか

でも、プライドが許さなかった

今の俺の毎日と心理状態を考えると、プライドに何の意味があったのか?

しかし、居残ったところで65歳になれば終わる。わずかあと2年だ。あと2年のために、プライドを売らなくてよかった

と双方を揺れる





ある日
ジムの帰りに見たくもない映画を見たあと、デパ地下で夕飯をかって帰ろうとエスカレーターで降りる時に声をかけられた


見ると高校の同級生二宮だった。
飲みに誘ったが、10時まで用事があるが一緒に来いよ、と誘われた行ったのが後楽園ホールだった



東大卒業後、一流商社の総務部人事管理課に勤める。しかし、人事の理不尽を身に染みて感じ、人は死ぬまで、誇り持って生きられる道を見つけるべきだと



そして、大学で始めたボクシングにフリーで関わる道を探し、レフェリーのテスト受けたり、ボクシングの雑誌に記事を書いたり、親しいジムで初心者に教えていた。そして、息子が大学を卒業したらすぐに会社を辞めた



俺のことを聞こうとする二宮に、もう遅いから、次に会った時に、と言い別れて家に帰る



ソファに座りこれから俺はどうすればいいのかと考えていると、風呂から上がった妻が

お腹は?何か食べて来た?と聞くので、ああ、と答える

ビールでも飲む?

お風呂、入る?

答えなかった



すると、妻が俺の前に立ちはだかった


「あなた、一度言っておこうと思ってた。なんでそんなにめめしいの?いつまでグジグジと愚痴を言って、暗くなってる気?定年は誰にだって来るのよ。再雇用を希望しなかったのは、あなた本人でしょ。自分で決めたのに、本当にめめしいんだから。愚痴と暗さを周囲に振りまかないで」

「今まで我慢してきたけど、いつか言わなきゃと思ってた。人の言うことに返事はしない、毎日毎日暗い顔して、口を開けば、やれ年取ったの、アチコチ痛いのガタが来たの。ため息ついては思い出話と、15歳から人生やり直したい、でしょ。15歳に戻れるわけがないんだから、そういうのを愚痴っていうの」

「わかってたから我慢もしたのよ。でももう限界。迷惑よ。朝っぱらから、残る桜も散る桜も、だとか、夜は夜でため息と愚痴と思い出話。自分で決めた暮らしなんだから、自分で処理してッ」



高校時代、これからの人生、なんだってできると思っていた