王子様とお姫様。 10 | 気まぐれ図書館

気まぐれ図書館

気ままに綴っていきます。
主に、サイト更新関連かと。
社会人しながら、専門で小説の勉強中です^^


「王子!」

 呼びかけられ、揺さぶられも何の反応も出来ない。

 まだ、今はその時ではない。それは、俺自身どうすることも出来なかった。


「そんなままごと、いつまでも続きませんよ」


 泣きじゃくる姫を一笑し、エルミナは冷たく言い放つ。


 この女は、確か、シルバーキャット、またの名を、怒りのヘラとされるほどの、凄腕の暗殺者。


「もう一度言います、アズリー。戻りなさい。それ以外、貴女の生きる道はない」

「嫌だ!」


 叫ぶ姫。その声は、震えていた。


「アズリー=アズラエル!」

「私は、その名を捨てた!」


 目は口ほどに物を言う、と言うが、今がそんな状況なのだろう。戻りたくない、という、彼女の強い意志が感じられた。


「ならば、仕方ありませんね」


 相変わらず淡々と言い、エルミナは銃を抜いたようだった。


「丸腰の我が作品を壊すのは心が痛みますが、仕様のないこと。男と一緒に、あの世に逝きなさい」

「ッ…!」


 がしゃん、と、耳慣れたリロードの音。

 そこで、ようやく、自分の体の変化に気付く。どうやら“とけてきた”ようだ。


「さようなら、アズリー=アズラエル」


 冷酷な宣告。


 刹那、


   ドン!


 乾いた空気の中、一発の銃声が響いた。だが、それは、エルミナの発したものではない。


 恐る恐る目を開ける姫。その姿を、ゆっくりと視界に入れる。


「バカ、な…」


 そう言って、スローモーションのように倒れていくエルミナ。目線を移せば、絶望と驚きに満ちた女の顔が見てとれた。


「王子!?」


 あまりの展開に、ついていけていないのだろう。


 銃を手にし、発砲したのは“死んでいた”はずの俺の方だ。死んだはずの人間が生き還って、驚かないはずがない。


「王子!」

「おっと」


 叫んで、抱き着く姫。いつものおどけた口調で姫を抱きとめれば、嗚咽が漏れ始めた。


「びっくりさせてしまったな。迎えに来たよ、姫」

「うん…」


 優しい声で囁く俺に、姫は何度も頷いていた。もう、それしか出来ないかのように。


 余程、嬉しいんだろうな。この後迎える結末を、知る由もない彼女は。


「いやぁ、そんなに泣かれると、男冥利に尽きるね」

「もう、茶化さないで!」


 泣いたまま怒鳴っても、イマイチ迫力は出ない。そんなことを思いながら、俺は自分の気持ちを少しずつ落ち着かせていった。


「でも、良かった、無事で」

「ありがとう、姫。もう、これで、怖い夢も見なくて済むから」


 そう言って、俺はぽんぽんと姫の肩を叩く。


 一緒に暮らしていた時、悪夢から目を覚ましてしまった姫に、俺はそうやって彼女を安心させてたんだ。


 そう、それが、日常だった。


 だが、


「おやすみ、アズリー」

「え…?」


 姫、ではなく、アズリーと呼んだ俺の声に気付いた時には、彼女の表情が強張っていた。


 そして、ゆっくりと吐き出される言葉。


「王、子…」


 結局、悪夢にするための引き金を引いたのはオレだ。


「ごめん、これが俺の仕事だから」


 そう、俺も、彼女と同業だ。人殺しが生業。彼女と違うのは、俺は逃げず、組織に身を置き続けている、ということ。


「そうだ、昨日、何で俺が黒い服を着てるのか、って聞いたよな?」


 不意に思い出して、言ってみる。果たして、彼女には届いているんだろうか。


「理由は、君と同じさ。黒の方が、返り血がついても目立たないだろ?」


 だから、言えるはずもないんだ。俺も、彼女も。


 意識を失い始めた姫が、ぎゅっと俺の服を握れば、びりっ、と音を立てて破れる。元々、エルミナによって傷つけられていた俺の服の袖は、姫の力で簡単にはがれる。そこにあるのは、腕に埋め込まれた、青く光る結晶体。


“なお、ウォン博士は、ラットでの実験で、不死についての研究を成功させており、その方法とは、宝石のような結晶を体内に嵌め込むことで、心臓を打ち抜かれても、時間が経てば生き返るという驚異の技術であり…”


 あの時街で見たニュース。苦々しい思い出だ。


 そんなことを考えていると、


「なまえ…」

「え…?」

「おうじの、なまえ…」


 絞り出すように、彼女が言う。


 この状況にもかかわらず、それを願う彼女。これで、本当に「王子」と「姫」の夢物語が終わる。


「シルエシカ=フォン=レイン」

「しる、えしか…」


 反芻する、アズリー。そして、彼女は微笑んでみせた。


「すき…、だいすき、しるえしか…」


 そう、一方的に告げて。


 ぱたり、と、姫の手が固い石牢の床に落ちた。