昨日、というか今朝のあの騒動は、あっという間にシチーリに知れ渡ることになった。魔物はアシェアとソフォスが退けたことになり、壊された街の復旧も進んでいるという。
「以上です」
「ありがとうございます。引き続き、街の方をお手伝いするよう、国王に進言をお願いします」
「御意」
報告を済ませ、一礼した衛兵は、ゆっくりと部屋を後にする。
その姿をソフォスと二人で見送り、アシェアはクローゼットの中を振り返った。
「だそうですよ、リゲルさん」
呼びかけてみれば、相変わらずの仏頂面で、クローゼットから姿を現すリゲル。言うまでもなく、魔物を倒したのは彼の功績なのだが、それをあえて口にしようとはしなかった。
「本当に、ありがとうございます。貴方が、この街を救ってくださったんですよ」
念押しのようにアシェアが言えば、リゲルは少し眉根を寄せ、黙考する。それから、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「そうか、壊すだけの、俺が、な…」
そう言うリゲルの表情は、どこか嬉しそうにさえ感じられた。
「嫌だったんですか? 壊すだけの存在が」
「当たり前だろ! 俺は、そのせいで、大事な奴をこの手に…」
言いかけて、リゲルはそのまま口ごもってしまう。彼にも、言いたくない過去があるのだろうか。それも、もしかすると、自分と同じように、大切な人を亡くした過去が…。
そう思い、詮索することはせず、アシェアはすっと手を差し出した。
「一緒に考えましょう。貴方にとって、一番良い方法を」
今は、まだアシェア自身、何が出来るのかはわからない。そもそも、千年も前の伝説のような話に、どうやって立ち向かっていけるというのか。
それでも、
「簡単には、諦めません。大きなものに立ち向かっていく勇気を、貴方は教えて下さいました。それに、こちらには、大賢者ソフォス様もいらっしゃいますし」
そう言って、ソフォスを顧みれば、彼は、まぁな、と頷いてみせる。
そんな彼らのやり取りを黙って見ていたリゲルだったが、やがて、ため息をつき、微笑した。
「簡単に言ってくれるな? 隔たれた世界の境界を越えなきゃいけないかもしれないんだぜ?」
「それでも、です…。貴方となら、きっと…」
言いかけて、不意に、アシェアは自分の言葉に奇妙な感覚を覚える。
――この台詞、どこかで…。
何気なくリゲルを見てみれば、不審げな表情でこちらを見てくる。ソフォスに向き直れば、意味ありげな表情をしていて。
「ソフォス様…?」
「まぁ、お前が決めたことだ。ならば、我は行く末を見守り、導く手助けをするだけだ」
「だとよ」
ソフォスの言葉に、どうするんだ、と言いたげな目を向けてくるリゲル。だが、アシェアの中で、答えはとっくに出ていた。
「決まっています! 私には、私のやれることをする、ただ、それだけです!」
自信満々に腕を振り上げて言うアシェアに、今度こそ、リゲルは吹き出して笑った。
「お前が言うと、出来そうな気がするから不思議だな」
「お前、ではなく、アシェア、です!」
勢いのまま訂正すると、相変わらず笑ったまま、リゲルは言ってきた。
「わーったよ、アシェア」
「ッ…!」
言われ、彼女は、思わずリゲルに背を向ける。
妙な感覚が、心を乱しているような、変な感じ。
――あのリゲルさんが、笑ってくれて、私を頼ってくれてるから、ですよね?
そう、半ば自分に言い聞かせるように言って、アシェアは再びリゲルに向き直った。
「では、とりあえず、貴方をこのままかくまっておくわくにはいきませんので、リゲルさんのことを説明する時は、私が召喚した式神、ということで」
「おい」
自信たっぷりなアシェアの言葉に、ソフォスだけでなくリゲルからもツッコミが入る。だが、まるで数時間前まで険悪だったとは到底思えないようなやりとりに、アシェアとリゲルは吹き出して笑いだした。
「本当に、シエロの人間は変な奴だな」
「それを言うなら、アンフェールの方は、愛想がなさすぎます! 笑うと、こんなに素敵ですのに」
「はぁ…ッ?!」
唐突に言い出したアシェアに、リゲルはおかしなくらい素っ頓狂な声を上げる。その顔は、はっきりわかるくらい真っ赤だ。
「何言ってンだ、お前は!!」
「お前ではなく、アシェアです」
やいやいと、不毛なやり取りをする二人を見ながら、猫の姿をした大賢者は、苦笑交じりにため息をついた。
「この二人が、二分された世界の懸け橋になってくれれば良いがな」
思わず呟いたソフォスのその言葉は、しかし、二人に届くことなく消えていった。