今年度のシドニーツアーの学習会が始まっています。ジャーナルにある英語の文章を見て、「やるぞ~!」と思った人もいれば、「ああ・・・」とため息が出ちゃった人もいるかもしれません。でも、しっかりとした事前のインプットがあれば、旅をより充実した学びあるものにできます。そこで、今日はおすすめの本を一冊紹介したいと思います。

 

表題がその本の題名になりますが、上橋菜穂子さんによる「隣のアボリジニ – 小さな町に暮らす先住民」という本です。上橋菜穂子さんは「精霊の守り人」シリーズ(NHKで映像化されました)で有名な作家であり、文化人類学者でアボリジニの研究者です。彼女が1990年代にアボリジニ研究のフィールドワークとしてオーストラリアの西部の街で過ごした時の話が本の中で紹介されています。研究書ではなく、序章でも「地方の町で・・・・・白人のお隣さんとして暮らしているアボリジニの姿を描いてみたいと思います。」(22頁)と書いているとおり、上橋さんの目と耳を通して、白人のオーストラリア人と暮らすアボリジニの日常や登場する人たちの個人史が語られています。また、その物語を通して、アボリジニが辿った全体としての歴史も記されているので、オーストラリアやアボリジニについてまだ疎いなあと感じている人にはうってつけの入門書でないでしょうか。

 

 

また、私は読みながら、「異文化」について深く考えさせられました。研究書ではありませんが、研究者としての上橋さんの目線は鋭く、また多面的で、単なるエッセイではありません。新たな発見や腑に落ちることなどたくさんありましたが、アボリジニの人たちが自分たちをアボリジニと呼んでいなかったという事実を読んだとき、頁をめくる手が止まりました。もちろんアボリジニは英語の言葉だし、彼らは英語を使っていなかったわけだから、彼らが自分たちを「アボリジニ」と呼んでいたはずはありません。イギリス人の入植前、ものすごい数の「伝統的集団(部族という言い方も彼らはしていなかったらしい)」が大陸中に存在しており、彼らはお互いを別の集団、言い換えれば「異文化」な集団として捉えていました。そこにイギリス人が来て、そこに住む人たちを全てひっくるめて「アボリジニ」と呼んだのですが、それによって、アボリジニの人たちも自分たちを白人の集団に対して、「アボリジニ」という集団ととらえるようになりました。今まで異なる集団(異文化)と捉えていた人同士が、外部からの別の集団からのラベリングにより一つとなり、それまでと違う「異文化」の対立ができたのです。人間の概念がどのように作られるかを考えさせられる話だと思いました。

 

他にも考えさせられる話がたくさん語られています。本書の中には、目から鱗的な話が多く、オーストラリアやアボリジニを知るだけでなく、異文化とは何か、多文化や多様性とは何かを考えるヒントがいっぱい詰まっています。ツアーに向けて、英語の言葉を知っておくことは非常に有用ですが、その言葉が真に意味することを理解するために、日本語でちょっと深掘りしてみてはどうでしょうか。単なるツーリストではなく、トラベラーとなる旅にするためにも。

 

シドニーツアーでアボリジナル文化について学ぶ講座生たち

 

蛇足:縁があり、上橋菜穂子さんの「獣の奏者」「鹿の王」の英訳の校正に少し関わることができました。日本語と英語の読み比べをしてみませんか?

 

編集注記:またアボリジニという呼び方には差別的な意味合いが含まれることから、現在のオーストラリアでは呼び方を改めアボリジナルズ・アボリジナルと言うようです。

 

引用文献

上橋菜穂子『隣のアボリジニ - 小さな町に暮らす先住民』筑摩書房 2010年

 

英語コミュニケーション講座 担当講師

Emma