東欧の小さな国スロバキアを訪ねた時のことです。

首都ブラチスラヴァの外れの小さな歴史博物館を一人で回っていました。様々な展示物が陳列されていますが全てスロバキア語で説明が書かれてあるので詳しいことは分かりません。分からないまま部屋を回っていたらガラスケースにぶら下がっているボロボロの上着とズボンが目に付きました。

 

それはかの悪名高きナチスによる強制収容所の囚人服。太い縦縞と胸に縫い付けられた黄色い星を見れば説明なんて必要ありません。

大量虐殺の本物の証拠品を目にしたのはそれが生まれて初めてでした。たった一対のボロボロの服でしたがその前に立った私は目眩を感じ膝が震えたのをよく覚えています。この服を着せられた人が確かに居た。そしてその人はどうなったのだろう?このボロボロの服は何を目撃したのだろう?

 

行ったことのない場所を訪れ見たことのないものを目の当たりにする。それは何ものにも代えがたい体験です。知識を本当に自分の中に落とし込める最終手段だと思います。

 

でもそんな体験は今は誰もできませんね。去年は従来なら夏に催行される当講座の目玉イベントであるシドニー異文化体験ツアーはすべて中止になってしまいした。シドニーに行けるからこの講座を受講したいと講座に参加してくれた学生さんも少なからず居る中での本当に残念な出来事でした。

 

では現在の国境という国境が閉ざされパンデミックは終息する気配すら見えないこの世界状況で、もうそんな体験をすることはできないのでしょうか??

 

私はちっとも諦める必要はないと感じています。

 

スロバキアの博物館で私が得た体験は私がそれまでに本や映画などの手段でナチス強制収容所の囚人服と黄色い星について知識を得ていたからこそ起きたことでした。解説の読めない陳列棚にあるその一対の服が何であるかを即座に知ることができたのです。

 

私が学生だった頃は今とは違ってインターネットもなく映画配信もなく知識と言えば本を読むか映画館やテレビで映像を観たりして得るものがほぼ全てでした。それでも貪欲に色んな知識を吸収していたからこそ博物館での一瞬の邂逅が忘れ得ない経験となったのです。

 

当時の限られた方法に比べて今はインターネットという素晴らしいツールがあります。そのツールは知識や体験の幅を一気に広げてくれました。

 

去年の夏、シドニー異文化体験ツアーがすべて中止になるという異例の事態が起き混乱と失望の中で生み出されたのが新時代のツールをフルに使ったオンラインツアーでした。

 

2月16日から19日の4日間にかけて催行された初めての試みであるシドニーオンラインツアーを講座生の皆さんと一緒に体験する機会に恵まれた私は若い学生諸君が日本に居ながらにして時空を飛び越えて様々な異文化との出会いを経験して学びを深める過程を目の当たりにしました。

 

毎年必ずツアーで訪れるシドニーのユダヤ博物館のオンラインセミナーに参加しレクチャーと映像での体験に続くディスカッションを参観しながら私はあのスロバキアでの経験を思い出していました。

オンラインツアーに際し必須である事前学習の本や映画で知識を得、今日このオンラインセミナーで更に体験を深めた学生諸君がいつの日か実際にその場に立つ時その学びは私が体験したものよりもっともっと深いものになるだろう、と。

 

パンデミックの状況下でも学びの可能性は無限大。

古臭い頭の固い大人は『オンラインなんて!』と言います。書物から得る知識の深さも実体験から得る生のインパクトもそれぞれがすべて違った体験です。どれが欠けても片手落ちです。このオンラインでの体験はこれら従来の方法に新しく加わった重要な学びのツールの一つとして確立したと私は確信します。

 

そしてコロナ禍の苦境から生み出されたこのオンラインシドニーツアーはまさに我々の英語講座で若い皆さんに伝えようと心がけているフロンティア精神の具現化と言えるのです。NEVER GIVE UP!!!

 

 

広島大学 英語コミュニケーション講座担当講師

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