仙台はそれでも全国的な平均よりは
比較的、夏は涼しい所なのですが。。
この暑さの中、
義父が極度の脱水になり
あといちにち遅かったら
危険だった!
とお医者さんに言われ
毎日、病院に点滴に行っております。
近所ですが離れて住んでいるので
状態をなかなか把握出来なかった_| ̄|○
幸い、快方に向かっているので
ホッとしているのだけど、
食欲も無かったので痩せてしまい
歩くのもフラフラ。
幸い?家には車椅子が3台あるので
息子から1台借りまして
毎日車椅子で迎えに行き、通院。
ここで得た教訓。
①昭和1桁の年代の言う
「大丈夫」は信じてはいけない。
②本人がどんなに「嫌だ」と言っても
何か何時もと違う、と感じたら
無理矢理でも病院に連れて行く。
③本人が拒否しても、今はエアコンをつける。
今回は
「先生がエアコンつけなさい」と言っていたよ!
が効力を発揮しました。
家族が言っても言うことを聞かない場合は
先生が言っていた!に、昔の人は弱い。
(あくまでもウチの場合ね)
_| ̄|○
この
弱音を吐かない、
体調悪くても言わない、
我慢する、
大丈夫大丈夫と言い続ける
義父としては、
私に迷惑を掛けたくないという
一心だったのかと思うと、ちょっと切ない。
昭和1桁、
この年代の方々が生きてきた時代背景を思う。
子供の頃、
最も多感な時期に戦争があり
戦時中の物資のない時期に
兄弟も多く、
辛いとか、苦しいとか、言えなくて
我慢することが美徳で
そして大人になり
高度成長期を支える企業戦士として生きてきた。
私たちのいま生きているこの社会の根底には
父や母の世代の涙や思いや汗があるんだなあ。
と、付き添いながら思う。
時は過ぎ、
時代は変わっても
日本という国で生きる我々は
まだ、
その我慢することなどを
無意識の中で、意識下でも
引き継いでいるように思う。
つらい時には、
「辛い」が、言える世界が来るといいな。
年齢関係なく、ひとりひとりの中で。
そして
我慢することなく、
ありのままで居ることが出来る
そんな場所がもっともっと増えるといいな。
親から子へ
子から孫へ
伝えられない思い。
不要なものを断ち切って
新しい時代の中で
皆んなが
「自分を生きる」ことが出来るといいな。
と
「ジッちゃん、もっと甘えて良いんだよ」と
伝えるが、
どこまで届いているかはわからないけれど。
(耳も遠い)
さいわい、
一命は取り留めました。
まだまだ暑い日が続くので、
こまめな見守りやチェックなど
普段以上にしていこう。
4階まで外の階段使って登ってみた。
美しい空がどんどん近づいてくる。
空が美しい日だった。
太陽には日輪があって七色に輝き
雲は鳥のように、龍のように🐉
不思議な模様を描いてた。
この1本で、
水分と、生きるのに必要な栄養と
カロリーが摂取出来る。
幸い、美味しいと飲んでくれているので
回復していくでしょう。
おやすみなさい。
明日も明日出来る精一杯をしていく。
皆さまもご自愛ください。
水分、水分、
水分!!(*・ω・)ノ
























