聖書から、エホバからの覚醒を意識してから、自分がどのように洗脳されてきたのか、JW以外の解釈で聖書に書かれている事、エホバの存在を知りたくなり「ふしぎなキリスト教」という本を読み始めました。

 

Twitterの方でつらつらと考察したことを呟いていたのですがきちんと文章に残しておく為、書き起こしたいと思います。

 

【一神教と多神教】

まず宗教には一神教と多神教という神様の在り方があります。字の通り一神教は一人の神様を崇拝すること、JWの、いえキリスト教と言われるカトリックやプロテスタントもそれに入ります。

一方で多神教は沢山の神様が存在する。日本でいうならば神道。つまり日本は多神教の国なんですね。八百万の神がいるといわれているように、沢山の神様がいます。それは友人は大勢いた方がいいという感覚で神様も仲間や親戚みたいなものという感じ。だから日本人は旧約聖書を見ても神様にあんなに怒られてもそれでも従おうとすることがわからない。

 

これは子供のころから神様はエホバしかいないと教えられてきた私には衝撃でした。私には逆にまだ神様が仲間だという感覚も理解し難い。まずここで大きな違いが生じるんだなと思いました。では私の信じてきた神はどんな神なのか。

その本にはエホバについてこのように書いていました。

※文章は抜粋しまとめてあります。

 

「一神教の神(エホバ)は仲間ではなく人間を創造した。創造物とはモノを壊したり所有したり処分したり好きにできる所有物である。そしてその創造者は知能が高くて腕力が強くて怒りっぽい、地球外生命体である。怖い、怒られて滅ぼされても当然という存在である」

 

「一神教の神を信じるのは安全保障の為、素晴らしい事を言っているから信じるのではなく自分たちの安全のために信じる。対等だと思ってはいけない。人間は神に作られた価値のない存在である」

 

とてもしっくりきました。私がエホバに対して抱いていた気持ちそのままでした。

 

どんなにエホバが人間を愛しているという聖句を読んでも腑に落ちなかった。それはエホバが創造者であり、わたしたちが創造物であるという事。エホバが気に入らなければ陶器師の作った器のように粉々にされる。エホバにはその権利があり私たちは逆らう事ができない。こちらの方が私にとっては恐怖でした。

JWの出版物を読んでも同じことは書いているがそれが正しい事のように書いている。どう考えたってそんな神様はおかしいのに・・。でもJW以外の人が冷静にエホバを分析しているのを見て私が感じていた違和感はおかしくなかったんだと実感しました。

 

そしてイスラエル人が救出されなかった時の心理状態についてもこんな風に書かれていました。

 

ヤハウェは我々だけの神ではない。

世界を創造し世界を支配している。

我々が罪を犯したから懲らしめにあう。

原因は我々にある。

この試練を耐え忍び、これまで以上に信じれば救われる。

こうなったのも何か意味がある。

 

その後バビロンに捕囚後のエルサレムの再建。

やはりヤハウェは偉大だ。→信仰が強まる

 

これJWの出版物でもきっと同じような事書いてますよね。でも受ける印象は全然違う。

 

悪い事が起これば自分たちが悪いからだとか、これによってエホバは何かを教えておられると考え、良い事が起これば感謝、称賛。今まではそれが当然だと思っていたけどJW外の目線から見るととても危険な思考なんだという事がわかりました。

 

とりあえずここまで・・。