お久しぶりです。

 

現役ながら覚醒し、聖書やエホバからも解放され、ようやく物理的にも離れることができそうです。何となく気持ちが落ち着いたのでブログにまとめてみようと思いました。

 

4月の半ば、いつものように集会に行きました。その日は本当に体が疲れていて、精神的にもちょっと不安定な状態。いつものように、エホバの証人となって幸せですーみたいな動画。

誰かが注解した「エホバや仲間を裏切るとどんな目に遭うかわかります」とか、「自分はどんな自己犠牲を払ってこの業を拡大できるか考えたい」とかいう言葉。

 

ほんとにいつもと同じ。だけど私の中で何かがプツンと切れました。

 

いつもは一人で帰る帰り道、その日は父と一緒に帰ることに。もうこらえきれず父に気持ちを打ち明けました。

今の私は母や周りの人の為にだけ集会に行っている事、エホバへの愛なんて全くない事、最近の動画プログラムは見れないこと、見ると吐き気がするくらい拒否反応起こすこと。

こんな生き方をして何が楽しいのかわからない。もう滅ぼされてもいいから集会に行きたくない、と。

 

私の様子を見てとりあえず集会を休め、と言ってくれました。その時は元気になったらまたがんばればいい、という感じで話は終わりました。父はもともと信仰が薄いので、私の言う事に過剰な反応はしませんでしたが問題は母。

母をまた苦しめてしまう。これが私の離れることができない最大の悩みでした。なので父にうまいことゆってもらって当面は休む。という感じであとはまた考えることにしようと。

 

父に話したことをTwitterでつぶやいたらみんながいいね、をしてくれたりがんばったね!と声をかけてくれてほんとにうれしかった。そしてそれに背中を押され、母にもほんとの気持ちを打ち明けました。

母は意外と冷静でした。二度目なのでショックは倍増すると勝手に思い込んでいましたが、逆に免疫がついたとΣ(゚д゚;)お互いちょっと泣いちゃいましたが、私の気持ちを理解はできずとも半ばあきらめてくれた感じですね(^▽^;)

 

勝手な私の思い込み。案外何とかなるものでした。「子供は親の為に存在してるのではない、これだという道を見つけたら突き進め。」と言ってくれた人がいました。私の方が親に依存していたのかもしれない。もっと強くなろう、と思えました。

 

後は長老とか会衆の人。このまま何もなしでは絶対アプローチをかけてくるから先手をうって長老あてに手紙を書くことにしました。内容的には霊的活動と仕事の両立がしんどく体調を壊してしまったということで。とりあえず、今はそっとしておいてほしいという事を強調。

だけど当然のことながら電話、かかってきますよね(T▽T;)

もう、めっちゃ言われました。休むと再開することがむつかしくなる、とか0はダメだとか、サタンを喜ばせる、エホバが悲しむ、とにかく来れそうなときは集会に来い!と。

私がはい、というまで電話切らせてくれないーー

 

それからしばらくは電話かかってきても出ませんでした。だけどいつまでも体調不良ということにしていてもずっとかかってくるかもしれないし、余計な心配もかけてしまうし、いずれはちゃんと言わないといけないな、と思っていた矢先連絡があり、私の気持ちをちゃんと聞かせてほしいとのことだったので話し合いに応じました。

 

まず最初に私は気持ちを話すことによって、排斥や断絶になるのならそれは怖いと伝えると、そんなことにはならないから、姉妹の気持ち全て聞かせてくださいとの答えだったので、父にゆったような内容のことを話しました。

 

A長老にじゃあどんな神様なら姉妹は愛があると感じるのですか?と聞かれたので、エホバの証人とか関係なく、聖書に書いてある神が愛される特質をもつ全ての人が救われるなら。と答えました。

 

では姉妹は人を保護しないといけない状況になった時何か条件を出すことはないですか?と。

 

条件・・。私の言ってることはそうゆう事なんです。条件付きで人を助けるなんておかしい。私は困っている人がいたらそんなこと考えずに助けます。というとその長老は黙ってしまいました。

 

B長老からは、エホバと私の関係を復縁した夫婦に例えました。復縁した当初はよかったものの段々とこの人の為に世話を焼くことが義務的に感じてしまうようになった時どうすれば長続きさせることができると思いますかと。

 

その人と一緒にいたいなら良いところを見るように努力したりもしますが、そもそも私はそう思っていないんです、それなら離れるしかないですよね。と答えると困ったような顔をされていました。

これは私の問題です。兄弟たちや仲間の人の事をどうこう思ったり嫌になったりしたわけではなく、私がエホバの事がわからなくなっただけの事なんです。と言うと最後にもう一度エホバに愛を持てるように祈ってくださいという結論で終わりました。

何となく終着したのかな、と思います。もう兄弟たちはこれ以上のことはできないと思ってくれたと思います。

 

 

私は現状を維持することの方が離れるより楽だ、と思っていました。気持ちは完全に覚醒していた。だけど行かなくなってそれに費やす無駄な時間、嫌な話が耳に入ってくること、それにものすごく色んな事が浪費されていたんだという事に気づきました。

母に言う時や長老とのやり取り、友達の姉妹たちからのLINE、しんどかった時期もありましたが今ものすごく楽になりました。自分の信念通り生きるという爽快感。

 

そしてTwitterやブログを通して出会えた元Jというつながりの友達。

 

Jとしても世としても生きられずただ暗闇をさまよっていた。人間は裏切る。神様は裏切らないと思って戻ってきましたがやはりそんな神様はいなかった。

 

ずっと私の行く末を見守ってくれた友、私が泣きながら孤独を訴えるとぴょんはひとりじゃない、私がおる!と力強く言ってくれた友、わたしのうれしい事を自分の事のように喜んでくれたり、ワクワクするようなことを教えてくれる友、わたしをいつも肯定し、大丈夫!と勇気づけてくれた友、アドバイスをくれたり話に共感してくれる友・・。

 

この数年ほんとうにいっぱい人に支えられてきた。神のもとに戻ったところでそれは以前のように私を苦しめるだけだった。

 

人は裏切る、これもまた事実で。もしかしたらこの先そうゆうこともあるかもしれない。それが怖くて実体のない見えない神様に逃げていたけど、そういう弱さや強さに振り回されながら生きることが人生なのかな、なんて思いました。

 

ちょっとだけ生きる事が楽しみになってきました。

 

今からスタートライン!ちょうど人生の折り返し地点。もうエホバに縛られず自分が正しいと思う事を真っすぐに突っ走って行こうと思います(≧∇≦)