脱いだ服を入れる
洗濯カゴ。
 
 
いつ何時も
そこにポイっと
入れさえしたら
 
 
 
翌日には
洗われてスッキリした
自分の衣類が
手元に畳まれて届く。
 
 
 
・・・というオートマティックな仕組みだと
我が子たちは思ってるんじゃなかろうか。
( ̄ー ̄)
 
 
そんなことを
 
 
スッキリ空っぽになったと思いきや
またてんこ盛りになってる洗濯カゴを
無言で見つめる日もあり・・・
( ̄ー ̄)
 
 
まぁ、これが
“暮らし”“生活”なんですよね。
 
 
私の、うちの。
 
 
 
***
 
 
 
おととしの秋に
娘たちと片付けについて
こんなことを書きましたが
 
 
 

 

 

 

 

時間が経って当時と状況は変わってるし

ここに書いたことはもうベースとなってるかな。

 

 

 

今はイライラモヤモヤしたら、

 

 

「さて、気分よくになるにはどうしましょ。」

 

 

と、自分のことを考えるようにしています。

 

 

 

私が目を向け、見つめ続けるものは、

 

 

 

・ふたたびてんこ盛りの洗濯かごでもなく

 

・ふたたびシンクの中に現われた食べた後の食器でもなく

 

・またまたトイレの床に置かれたトイレットペーパーの芯でもなく

 

 

 

もっと、ゆったりして

くつろげる景色がいい!

 

 

 

だって、

 

 

・ふたたびてんこ盛りの洗濯かごも

 

・ふたたびシンクの中に現われた食べた後の食器も

 

・またまたトイレの床に置かれたトイレットペーパーの芯も

 

 

私をここちよくしてくれないもんね。

 

(我が家のよくある光景)

 

 

 

イヤだもんね、それをずっと見ながら、誰よっむかっとか何でよっむかって考えたりしてるのって!

 

 

 

なので、

 

「ムムム・・・(`ヘ´) プンプン!」

 

ってなってきたら、

例えば

 

 

 

あ、珈琲淹れよっかな。

と、まったく別の【自分のこと】に切り替えます。

 

 

 

はあ、いい香りだなあって

はあ、おいしいなあって

はあ、平和だなあって

ホッとして、いい気分になりたいなー

 

 

いいなぁ、そうしよう!

 

 

 

我が家の場合は誰もすぐに代わりにやってくれない&どうせ私がやることになるわけで、なので淡々と目の前のことを終わらせて

 

 

 

ガリガリ手で珈琲豆を挽いてドリップして、ひと息ついてホッとする。

 

 

 

この時間と空間は

 

「ムムム・・・(`ヘ´) プンプン!」

 

とは別のところに存在している時間と空間。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムムム・・・(`ヘ´) プンプン!」

な時間と空間も

 

「ホッとして、いい気分」

な時間と空間も

 

 

 

どちらも自分で選べるし

どちらも自分で作れる。

 

 

 

私の機嫌がよくなれば

私が生きてる世界はご機嫌な世界に変わるし

 

 

 

私の心に余裕ができると

私が生きてる世界は余裕のある世界に変わる

 

 

 

・・・んだもんね。

だから、そっちを選びます。

 

 

 

 

 

相手の中にいいところを見つける、とか

ポジティブな行動をとれないときって・・・ありませんか?

私は常にはできません。

 

 

 

そんなときは自分の方に意識を向けて

自分の状態を変えることに注目するの、おすすめです。