皆さま、こんにちは

今シーズンの冬は冷えが厳しいですが

いかがお過ごしでしょうか

 

皆さまの生活の折々にて

このブログの語りにお立ち寄りくださいまして

誠にありがとうございます

 

2021年9月にレクチャーを終了して以来

ご相談と記事の発信をしてきましたが

諸事情により2022年12月末日をもちまして

それらの活動の全てを終了させていただきますこと

お知らせします

 

 

 

急なお知らせとなりましたことを

お詫び申し上げると同時に

皆さまの温かいご支援によって

ここまで活動してこれましたこと

心より厚く御礼申し上げます

 

今の自分に見合った環境で

また新たな発信を始めていきます

新しい場所でのご縁がありましたら幸いです

 

改めまして

これまでatelier.Yからの言葉に

耳目を傾けてくださいました皆さま方

本当にありがとうございました

 

皆さまのこれからもお健やかでありますように

どうぞご自愛にてお過ごしくださいませ

 

 

 

 

クローバー心地よい居場所

 

我が家の猫たちは

屋内のいたるところに

居心地のいい寝場所を見つけて

朝、昼、宵、晩、と

それぞれの時間帯で

まどろんでいます

 

誰にも邪魔されずに

ひとりの時間を過ごしたい時には

まるで消息を絶ったかのように

姿と気配を消して

物陰の中でひっそりとくつろいでいます

 

気分の風向きが変わって

飼い主たちのそばにいたくなると

リビングの一番いいスペースで

飼い主よりも堂々と

大御所感のオーラを出して

寝そべっています

 

どこで寝ていてもかまいやしないのですが

「そこ、すごく頻繁に通るんですけどね」

「ちょっと足がもたついたら、踏んじゃいますよ」

という場所に

我関せずといったていで体を投げ出しています

 

飼い主が危害を加えないだろうという

信頼の表れなのか

この屋内では身の危険はないだろうという

心配への鈍感さなのか

いずれにしても

「安寧」を絵にしたような姿で

静かにくつろいでいるのです

 

 

 

 

 

 

クローバー安全ではないのだけれど

 

飼い主からしたらそこの場所は

生活をするのに行き来をたくさんするので

猫でなくても

そこの足元に何かがあるというのは

人間にとっても猫にとっても

決して安全な場所ではないのです

 

安全な場所ではないけれど

猫たちは平和にくつろいでいる

それは

安全ではないけれど

安心できる場所

だということなのでしょう

 

 

 

 

 

クローバー安心と安全

 

安心と安全という言葉は

「安」という同じ文字があり

時にセットのように使われることがありますが

意味合いの方向性が全く違うものです

 

例えば

安全のために

あらゆる管理を徹底するとして

常に防犯カメラで撮影しますよ

全ての行動を監視し続けますよ

そのように

一分の隙もなく見張られたとしたら

いざというときには

安全のために役立つかもしれませんが

常時プライベートを覗かれている心地は

それは安心できるでしょうか

 

例えば

安心したいからと

人目や人気(ひとけ)から離れて

世の中の常識や既成概念などに

縛られない自由な場所に行ったとして

ルールや節度が持ち合わせる

見守りやセーフティネットがない状況

それは安全であるでしょうか

 

安心できる状況や心情

安全とする環境や心理

安心と安全のベースとなるものは

ときに似て非なることがあるのだと思います

 

 

 

 

クローバー平時と有事で

 

そして

安心と安全は

最初からその辺に転がっているものではなく

ある程度の意識と努力によって

はじめて手に入れられるもの

でもあると思います

 

そしてまた

そのようにして

真摯に積み上げた安心と安全は

非常事態の際には

あっけなく崩れ去ってしまいます

 

人が人の世で生きていくためには

安心は必要ですが

安心だけでは身の危険は防げないですし

安全は必要ですが

安全だけでは寄る辺なさを埋められません

 

どちらもともに

得難いものであり

どちらもともに

適度に不可欠な備えなのだと思います

 

 

 

 

 

クローバー備えの準備として

 

2022年の9月8日から10月7日は

二十四節気の白露から秋分です

この1ヶ月の暦のひとつである九星は

四緑木星です

 

四緑木星は

安心感、安定性

平和、穏やかさ

安らぎ、心地よさ、寛ぎ

リラックス、自由

のシンボルです

 

そして今年一年間の暦は五黄土星です

五黄土星は

安定、生命、活力

現実を生き抜く力

のシンボルを持っています

 

9月は暦を表す中宮(ちゅうきゅう)で

五黄土星と四緑木星が重なるひと月です

ふたつの九星のシンボルの関係性から

生きる尊厳に必要不可欠な

安心と安全

について考えてみました

 

 

諺に「備えあれば憂いなし」とありますが

憂いのない備えとは

自分にとって

安心面なのか

安全面なのか

どちらを軸にしてどのように備えるのか

生活の場面で

人生の選択で

今はどちらをどの程度備えるのか

安心と安全をひとまとめにしないで

別々の意味合いを意識して

安らげる場所や状況を

現実的に備え続けられる

時代や社会が続くことを願ってやみません

 

 

ひとつ屋根の下で暮らす

飼い猫とパートナーとの家庭

家族とともにいられる安心

我が家で過ごすという安全

平時に安らげる有り難みを忘れずに

日々を大切に重ねていこうと思います

 

 

 

ぶどう秋の味覚

8月7日は二十四節気では秋です

8月上旬に秋といわれても

まさしく「暦の上では」という

旧暦と新暦のギャップからくる

枕詞をつけてこその立秋ですよね

 

秋は一年間の中でも

数多くの食物の実りの時期ですので

そういったことから「食欲の秋」

とも言われてきた季節です

 

秋に実った収穫物は

瑞々しく潤いに満ちてますから

それぞれの穀物や果物の旨味があり

お腹を満たすことはもちろんのこと

舌で味わうという

味覚まで満喫できる

楽しみと喜びがあります

 

 

 

ぶどう五味

味というと

陰陽五行の定義では

木性は酸味

火性は苦味

土性は甘味

金性は辛味

水性は塩味

というふうに

五行のそれぞれに相応する味があり

これを五味(ごみ)といいいます

 

この五味は

実際に舌で感じ取る味わいも含め

各味の特性や働きからのイメージ

といったものにも解釈を広げて

味をある種概念として

捉えることを加えることで

古代の知恵がより活かされるだろうと

私は考えます

 

例えば

酸味は

爽快感や気軽さも表せば

緊張でえずくような心理も表し

苦味は

深みのあるほろ苦さも表せば

過酷な苦しみも表し

甘味は

安定に甘える拠り所の基盤も表せば

依存や放棄の毒気も表し

辛味は

いい意味でのスパイスの刺激でもあれば

刺激が厳しければただ辛(つら)いだけ

塩味は

塩の元の海と水は命の源泉であり

塩が多すぎれば命を枯らすこともある

 

などなど

五味は食物の味そのものと同時に

味からイメージされる言動や心理も

意味を読み解くことに

大いに関わってくると考えます

 

 

 

 

 

ぶどう味としての基本の五味

これに対して

サイエンスの定義での味というのもあります

これは

塩味、酸味、甘味、苦味、旨味、の5つで

五元味(ごげんみ)ともいいます

 

サイエンスの五元味の方は

舌に味を感じ取る受容体があるかどうか

だそうです

定義された五元味は

この5つの味を感じ取るセンサーがあるのです

舌の受容体を通して味を感じていることが

サイエンスでの味の定義となるそうです

 

五元味には五味にあった辛味がありません

辛味はサイエンス的には刺激であって

舌に辛味を感じ取る受容体がないから

味として定義しません

 

一方で五元味には

五味にはなかった旨味があります

旨味というのは舌に受容体があるのです

 

 

 

 

 

ぶどううま味

五元味の方にある「うま味」とは

「美味しい」という

感覚や概念としての味ではなく

舌の受容体が

うま味成分をキャッチしているのです

 

どの味も食事を楽しむための

要素として欠かせないですが

中でもこのうま味は料理の味を

引き立たせてくれますよね

文字通り「ウマい!」

と感じる要素だと思います

 

 

 

 

ぶどうコク味

また現在サイエンス的に

五元味に続く第6の味の候補になるかも?

という位置付けとして

コク味があるそうです

コクをつくっているコク味物質を

感じ取る受容体が舌にあるそうです

ただ、受容体で成分を感じてるとはいえ

その成分単体としては

ほぼ味がないことなどもあり

基本の味という定義には至っていません

 

 

「うま味」と「コク味」

どちらも味の成分ではありますが

その作用は少し違うようです

 

例えば

うま味の成分の一例として

グルタミン酸

これは昆布に含まれています

イノシン酸

これは鰹節に含まれています

これらの成分は単体でもうま味ですが

2種のうま味が組み合わさると

さらに味のうま味を引き立てます

和食で出汁を使うときや

ラーメンでのWスープ使いなどで

このような合わせ技やメニューを

見聞きすることがありますよね

 

一方、コク味は

コク味物質のひとつにグルタチオンがあり

肉などによく含まれているそうです

例えばうま味を持つ出汁に加えると

味がより濃厚感や広がりを増し

いわゆる

味わいが強いとか

味の余韻があるとか

そう感じる状態に作用していくのです

このグルタチオン自体には味はほぼないのですが

一緒にいる他の物質の

元の味を強くさせたり倍増させたりします

 

ただしコク味は

まだまだ研究され続けていますので

ここで記したことだけがコク味の全てではなく

あくまでもコク味の一面にすぎません

食品業界としてのコク味や

一般に使われる会話でのコクには

油のようなコッテリしたものもあれば

味だけでなくにおいからも感じられることもあり

画一的に定義しきれるものではないことも

ここでひとつお伝えしておきます

 



 

 

 

 

ぶどう生活と人生の味わい

陰陽五行の五味

サイエンス的な五元味

その味の中からのうま味

そのうま味を濃厚にするコク味

 

また

思想的な定義がなくても

舌に受容体がなくても

エグ味や渋味といった味を

私たちは感じることがあります

 

この「味」と「味わい」

自分の思想では

自分の受容体では

どの味が必要なのでしょうか

今の気分において

今の健康において

どの味を求めているのでしょうか

 

過去の知恵や

現代の科学を

参考にしながらも

その定義だけにとらわれずに

その都度自分に見合った味を

考えてみることも大切だと思います

 

生活においての味

今日一日を

生きるための活力になる味

その日一日

使った労力を回復させる味

 

生活においての味も大事ですが

人生となると

そして

その人生が長くなればなるほどに

同じ味に飽きもきてしまいます

人生においての味わい

これはときに厄介でもあります

複数の味のバランスだけでなく

コク味のようなものが必要になるのかもしれません

 

特に中高年になると

味覚も食べる量も変化します

それは体調面だけでなく

生き方への物の見方も変化します

人生の味わいも変わっていきます

そんなときには

味そのものだけでなく

コクについて考えてみるのはどうでしょうか

 

コク味の成分そのものには味はほぼなくても

一緒に合わさる味を濃く強く

輪郭のしっかりとした風味へと作用します

 

味わいが薄くて

そのことがぼんやりとした

人生の味気なさとして

心が曇り空になっているようなときは

下手に味を足したり盛ったりするのではなく

一滴のコクのしずくで

味わいに色がつくかもしれません

 

ベースになる新しい調味料を探すよりも

今の自分にとって

何がコクになるものかを発見していく旅

そんな時間が人生の後半には

待っているような気がします

 

 

 

 

 

 

ぶどう本来の味わいを強めるもの

2022年の8月7日から9月7日は

二十四節気の立秋から処暑のひと月です

この1ヶ月の暦である九星は

五黄土星です

 

そして今年1年間の暦は五黄土星です

8月は暦を表す盤の中宮(ちゅうきゅう)で

五黄土星が同士が重なるひと月です

同じ星がこのように重なるのは

年に2回ある年もありますが

基本的には年に1回が通例であり

特別なひと月です

 

毎年ひとつずつの九星が

年に1回重なる暦が巡ってきて

九星の星それぞれに毎年意味合いが違います

今年は五黄土星です

五黄土星が中宮になる盤は

図の定位と全く同じになる

ということでもあります

 

今年のこのひと月は

・元の位置

・本来の作用や特性

・新に元から始めていく

そのようなことを

考えてみるみはふさわしいかもしれません

 

五黄土星は

関わる相手の力を強くさせる

作用を持っています

そして

持続性、耐久性、持久力

のシンボルでもあります

 

これらのシンボルが重なる暦から

自分自身を

より強く大きくするよりも

自分の素地に何を加えると

本来の能力が増幅する可能性があるのか

種に与えるエキスのようなのも

について考えてみました

 

 

立秋とは名ばかりの酷暑です

皆さまもどうぞご自愛くださいませ





 

あじさいお盆

日本では先祖と共に暮らすという

文化の考え方があり

特に真夏の時期には

先祖を供養する風習があります

そこに盂蘭盆会(うらぼんえ)という

仏教文化も加わって

この風習を真夏に行うことやその日にちを

一般的に「お盆」と呼ぶようになっています

 

 

 

 

 

 

あじさいお盆の時期

お盆の時期は

旧暦の7月13日〜16日の4日間です

日本では明治6年に新暦を施行したので

本来のお盆の時期は

現在の新暦での

旧暦の7月13日〜16日

つまり新暦の8月中旬ごろ

にあたる月日なので

この日付は毎年変動します

 

この旧暦にきちんとのっとった

お盆を行っているのは

沖縄県と鹿児島県の奄美地方

だといわれています

(他の地域より1日短い

旧暦7月13〜15日の3日間です)

 

その他の全国の多くの地域では

旧暦の7月は新暦では8月にあたりますので

8月13日〜16日を

毎年のお盆の時期と決めて行い

旧暦でのお盆であることを示すように

「旧盆」と呼ばれています

 

一部の地域では

旧暦の7月のお盆を

そのまま新暦の7月に移行し

7月13日〜16日を

毎年のお盆の時期と決めて行い

「旧暦」に対して

「新のお盆」などと呼ばれています

 

 

 

 

あじさい迎え火と送り火

7月の新盆と8月の旧盆の地域差はあれ

真夏に先祖を供養する

という風習は各地で共通しています

 

日本の夏の文化では

先祖と一緒に数日を過ごします

こちらで生きている私たちが

死者のいるあちらの世に

行くことはできませんので

彼岸のご先祖様に此岸に来てもらいます

その時私たちは

お盆の始まる13日に

迎え火で出迎えをして

お盆の終わる16日に

送り火で見送りをします

 

 

 

 

 

 

あじさい送り迎え

一緒に過ごす順番としては

迎えて送るわけですが

この行為をまとめて言うときには

「送り迎え」というふうに

送り出すことが先になります

 

これは他にもあって

物や人が通過するポイントを

入口と出口と言いますが

この場所をまとめて言うときには

「出入り口」と言うふうに

出すことが先になります

 

見送るというのは

お別れでもありますから

会えなくなることを知っているからこその

出迎えのもてなしに礼を尽くす

という心えや準備になるのかもしれませんね

 

出迎えることも大切な礼儀ですが

もしかしたら

送り出すことの方が

それ以上に大切なことなのかもしれないと

私はこれらの言葉から思うことがあります

 

 

そしてまた

ある特定の場所を出入り口として

そこから送り迎えをするというのは

流れを生み出しているように感じます

 

ポイントの場所は変わらないし

やっている行為も変わらないのですが

人や物や話題や世代が

常に行き交って

新しい風通しで

活力が生まれる気配を予感します

 

 

 

 

あじさい「恩送り」

これらと似たような言葉で

「恩送り」という言葉を思い出します

「恩送り」というのは

人から受けた恩を恩人に返すのではなく

今度は次の別の人に恩を送ることです

恩人に直接恩を返すのが「恩返し」です

 

恩返しも必要な礼節だとは思います

ですが直接恩人に恩を返せなかったからといって

必ずしも不敬だということではないと思います

 

もともと恩とは目上の立場の者からの

有難い恵みや情けのことです

立場や資産を持っている側でなければ

恩を与えることはできないのです

恩を受ける側は

その立場や力が不足しているときなのです

 

恩を送る側に

下心がゼロではないかもしれませんが

恩という言葉には

好意や思いやりというような

慈悲に近いニュアンスを感じます

 

受けた恩でこちらが成長したとしても

恩人の方もこれまでと変わらずに

より豊かな器で存在しているのであれば

何を返したところで

足りることはないでしょうし

そもそもそのようなリターンすら

望んでないかもしれません

 

恩を直接返してもらうよりは

その施しによって少しでも

恩を受けた側が

環境がよくなって未来が拓けたり

幸せな状況を手にしていたりするならば

もうそれだけで

与えた側も喜ばしく思うこともあるでしょう

 

恩返しが直接できるのであれば

それはそれで望ましいことでしょうが

直接同じように返すよりは

かつての自分のような立場の側に

恩送りをしていくとすれば

豊かな恩の輪が広がることだと思います

 

 

 

 

 

 

あじさい自分だけの力を少し注ぐ

2022年の7月7日から8月6日は

二十四節気の小暑から大暑のひと月です

この1ヶ月の暦のひとつである九星は

六白金星です

 

六白金星は

社会的な立場や権力や権威

人格の優れた人

豊かさ、資本

恵み、施し、奉仕

循環、公共性、達成

のシンボルです

 

そして今年一年間の暦は五黄土星です

五黄土星は

愛情、具現性、確立、全体性

のシンボルです

 

7月は暦を表す盤の中宮(ちゅうきゅう)で

五黄土星と六白金星が重なるひと月です

ふたつの九星のシンボルの関係性から

社会の中で個人を役立たせること

働きを大きく循環させていくこと

について考えてみました

 

 

 

「送り迎え」のように

恩も送ることを意識してみると

受けた恵みで何を積み重ねていくか

その後の行為の意味合いに向き合う

きっかけになるかもしれないと思います

 

力不足の今でなくていいのです

いつか力量が及んだときには

未熟な何かや誰かに

その時にできる範囲での

力を貸せればいい

自分にとっては僅かなことで

造作もないような行為であっても

それが不足している側にとっては

それこそ恵みのような

手助けになるのだと思います

 

恩人と同じような

立場や成長をしなくてもいいのです

その人や物事にふさわしい内容を重ねて

まだ知らない誰かのために

受けた恩を送っていく

そういう大きな循環のように

自分の役割や働きが

いつかどこかで放物線を描いて

つながっていくのであればいいなと思います

 

 

 

 

さくらんぼ収穫と種蒔き

6月6日は二十四節気で芒種(ぼうしゅ)です

芒種とは

麦の収穫を終えて稲を植える季節の意味です

 

暖かい季節に収穫される麦は

寒い季節に種蒔きされたものであり

秋に収穫されるお米は

この季節に植えられます

そして田植えの稲にするまでにも

苗を育てる時期が必要です

 

当たり前のことですが

自然から得る食料には季節ごとの

営みに応じた作業を繰り返してこそ

ようやく収穫ができ

食料として食べることができます

 

一定量の食料が安定して収穫できることで

人々の生活は日々安心して

暮らしていけるものとなります

 

今あるような状態を

なるべくならばより快適に

この先も続けるためには

次の季節の作業のことも考えて

今の季節の作業を手渡していくこと

それがとても大切なことになってきます

 

 

 

 

さくらんぼ「食事」ということ

このことは

食べるときも同じではないでしょうか

収穫した食料をそのまま一気に食べるのではなく

ある量は保存し

ある量は分け与えることで

実りの食をより豊かなものにしていきます

 

食料は食となり

生き抜くためにエネルギーを摂る行為は

より美味しく楽しめるものとして

調理や加工をして「食事」となります

ただ食べるのではなく

食事というひとつの「事」になるのです

 

 

 

 

 

さくらんぼ食事という食卓と団欒

食料は適切な下拵えをされ

鍋や釜への火加減を見極めて

塩梅のいい味付けがなされ

彩りよく盛り付けされ

食べやすい位置に配膳され

食卓という形になっていきます

 

 

 

 

食が食事になると

個人がその場しのぎで空腹を満たすのではなく

生活を共にする者同士で

食卓を囲む景色が自然に見えてくるようです

 

食事というのは

何を食べるかというのも大事ですが

誰と食べるかというものとても大事なことです

平時では

美味しいものを好きな仲間と一緒に

愉快なお喋りを楽しみながら

楽しく食事をするということは

いつでもどこでもできると思っていました

ですがここ数年の生活では

これまでの当たり前が

なかなかできなくなりました

街の中でそれらができなくなったとき

リモートで対面しながらの

飲み会をしたり

家の中での食卓を

これまで以上に充実させたりと

新しい形での団欒を

充実させるようになりました

 

 

近年では非常時になると

不要不急という言葉を耳にするようになりましたが

出口の見えずらい感染症の不安の中であっても

私たちは「食事」という行為を

形を変えてでも続けたのだと思うと

これは不要でも不急でもなく

平時のような営みが難しくなった時でさえ

人々にはとっては必要な行為のように思えます

 

 

食事は

どのように美味しく食べるか

誰と何をして楽しく過ごすか

食卓というものを

いかに豊かで温かな場にするのか

そういうものだと私は思います

 

ですからこれは

一人きりではつくり出せないもので

たとえ食事をひとりで愉しむのだとしても

食卓に食事が整うまでには

いくつもの人の手間が手渡されながら

繋がっているのだということがわかります

 

 

 

 

さくらんぼ噛む

ただ食べるのではなく食事となると

やはり美味というのは

なにをさて置くとしても

欠かせない一番のことだと思います

そしてその美味を美味しいと感じるには

舌で味わい噛み締める

という行為も欠かせません

 

麺類やアルコール飲料の

味の楽しみを表す

喉ごしというのがありますが

これも美味しく味わうときの

口腔の動きの行為ですよね

 

歯を使って噛むことで

調理された料理の味が

染み出し、広がり、香りが立ち

複数の食材が混ざり合い

旨味が重なり合って深みが出ます

噛んだことで生じるこれらを

舌の感覚で受け取って

喉の奥へと美味の余韻と共に

流し込みます

 

噛むというのは

自分の体を使った

調理の最後の仕上げのようです

 

 

 

 

噛むということは美味しさを味わう

楽しみを引き出すことでもありますが

食後の快適さにもとても大事なことです

きちんと噛んで食べることで

食道を通った後の食べ物が

胃腸で消化されるのを穏やかにもします

食後の消化が軽やかだと

食事が最後まで楽しいものとして過ごせます

 

噛む行為は

食料が調理された食事になって

自分のところにまで届いたことを

今ここでの楽しみ

を味わうものでもあり

そしてその食後の

心身の快適さまで整えるという

後のことへの配慮も含まれた

知恵と気遣いのある行為だと私は思います

 

 

 

 

さくらんぼ次の物事への手助け

噛むという言葉は

食べるときだけでなく

「噛み砕いた説明」などのように

難しい内容を優しい言葉を使って

わかりやすく伝える意味としても使いますし

「噛み締める」とは

食べ物の味だけでなく

物事の意味や強い思いを

十分に深く感じ取る意味もあります

 

噛んで細かくするという行為は

自分のところにまできた物事を

自分のところで止めてしまわずに

共有し分け与えることを考え

その際に

次の相手や状況につなげるのを

より快適にスムーズにするには

どうしたらよいかということを

熟慮しつつも程よいスピード感を持って

つなげるように手渡していくこと

だと私は思います

 

 

噛むとは

理解を深めることでもあります

まずは自分が知っていることを

精査して分析して

理屈だけでなく実感を伴った技能として

体ごとの感覚で消化できている

そのような見識であるかどうか

そのうえで

まだ知らない相手にも

受け入れやすいように

伝えていくことでもあります

 

自分本位で発話するのではなく

相手の立場で説明や案内をしていくこと

自分が物事をきちんと噛み締めておく

自分で丁寧に噛み砕いておく

そのような手間をかけることで

次の受け取り手は

とてもわかりやすくなるでしょう

相手の理解が早いということは

受け取る相手の

消化の負担が少ないということです

 

 

 

 

さくらんぼ続く営みへの活力

2022年の6月6日から7月6日は

二十四節気の芒種から夏至のひと月です

この1ヶ月の暦のひとつである九星は

七赤金星です

 

七赤金星は

飲食、団欒、食事と会話を楽しむ

収穫したものを共有する、分け与える

人体象では歯、舌、口腔

のシンボルです

 

そして今年一年間の暦は五黄土星です

五黄土星は

体感、受け渡し、変換

を表象するシンボルです

 

6月は暦を表す盤の中宮(ちゅうきゅう)で

五黄土星と七赤金星が重なるひと月です

ふたつの九星のシンボルの関係から

噛み締めて味わうことを考えてみました

 

 

 

噛み砕いて熟知した人が

その見識を広めようとする熱量と努力で

わかりやすくなったガイドがあると

楽しそう、面白そう

という気持ちが湧いて

やってみたくなることがありますよね

そういう感情への刺激は

生活の営みを続けていくための

次への活力にもなるものですよね

 

噛み砕く行為は

次の物事への流れを想定したうえで

精一杯の道理的な努力がなされた

優しさの表れだと思います

 

 

漫然と食べるのではなく

食事を摂るということ

配膳されてくるまでの感謝と

食後の片付けにまで配慮しながらも

美味を噛みしめて

しっかりと今を味わって楽しむこと

 

楽しいばかりではない

暮らしと人生だからこそ

噛むことから生じる

豊かさと優しさを忘れずに

きちんと噛み締めて

しっかり噛み砕いて

自分の生を次へつなげていきたいものです