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上司との会話における観察になります。(最近は上司ネタが多い(^-^;)

 

食に関して、上司がわたしにある質問を投げアドバイスを求めました。

(前の記事に書いていますが、ダイエットを試みている上司は、食に関する質問を時々わたしにしてきます)

それに対して、わたしなりに大切だと思うことを伝えていたら、

最後に、上司は「でもやっぱりおれは○○だな」と、言いました。

 

その前にわたしはその○○という観点以外の、他の観点で食について考えることが大切、、ということを語っていたのですが

(○○の観点も大切だけど、こういう観点も大切だと思うという伝え方)

結局上司は、自分がやりやすく、捉えやすく、今まで使ってきた納得のいく やり方(観点)に着地したのです。

 

わたしは、心の中で、

「結局そこに落ち着くんじゃ、わたしに助言やらコメントなんか求める必要あるのか??」と言ってました(笑)

 

シンプルな創造構造としては、

上司は、アドバイス・意見を求めておいて、その助言を受け取り拒否した となるかと思います。

 

 

 

↑こちらの記事からの引用です。

 

宇宙の法則なんのその、御自我様法則で、
「盲目の鏡」である相手の言葉を、
受け取り拒否するケースは「自我センス一流」
の人には、とてもとても多いものです。

「どうしたらいいと思う?」と問うておいて、
相手が助言すると「でも、それは…」「う~ん」と
「わたしが納得する提案」でなければ、
拒否し続ける傾向があるなぁと思う方は、
「自我センス一流」の素質があります。

自我センスが一流だと思っている人は、
「わたしのセンスが一番」と思っているので
「わたしのセンスを解ってくれる人」以外を
全てシャットアウトする傾向があります。
「自我の出張りが強い」状態ですね。
我が強い、頑固、とも云えます。

二元世界の一方「わたし以外」の助言が
「納得がいかない」のは当然のことです。
なぜならば「わたし」世界の「盲目の観点」を
鏡している言葉だからです。「わたし」には

「耳が痛い・つまらない・面倒」等々、

好ましくない事実が提示されるのが普通です。

 

「わたし凹」の世界で解決しない事は、

「わたし以外凸」の世界と
「凹+凸→□」融合する事で解決します。

「他者・現実」はいつも、「はい、凸ですよ」と、
わざわざ持って来て下さっているのです。
しかし「わたし」という御自我様が、
「納得がいく・いかない」に解決点を取る限りは
真なる解決を成す事は不可能です。

「自分のやり方」や「自分の目指す世界」には

「全く必要ないし、やるだけ無駄だ」と思う事を
もし、問うた相手が鏡したならば、鏡の法則は
そこに「未知なる鍵」があると云っているのです。
なので「御自我様の納得」を超えて、
その方向へ行動グラウンディングをしていく。

そうすると、希求を具現化する「意識」として
「何が至っていなかったのか」という
意識の観点の「不足分」が観えてきます。

 

 

上司=わたし=自我センス一流の人(つまり、我が強い、自我の出張りが強い)ということですね。。

 

以前セッションで、ガイドに言われたことに対して、時々あとから「くっそー」と思うと伝えたら、

「二元だね。」と言われたことを思い出しました。

「くっそー」は、抵抗したいエネルギーがある とも言われました。

 

上司と同じことをやっていますね。。

盲目の鏡が呈する 納得がいかないとか、意味不明とか、面倒くさいとか 思うことにこそ、

盲目が教えていることを解したい、本質を捉えたいという希求をもって

自我の納得を超えて行動グランディングをしていく

 

この点をガイドは言っていたんだなぁ~と今わかりました。

 

上司に対して言いたかったこと

「結局そこに落ち着くなら、アドバイスいらなくない?」

を自分へと還したいと思います。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました☆

それではまた~