『観音移動』刊行記念トークイベントと池袋「ブラッスリー・ル・リオン」 | 野村眞里子のブログ <オラ・デル・テ>

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一昨日は野村喜和夫短編小説集の刊行を記念したトークイベントがあった。でも、「スタッフ問題」が再燃してしまい、私が聞きに行ける可能性は低かった。

 

というのも、4月にエルスール財団記念館スタッフが10人に増えたと思ったのも束の間、「一身上の都合」で辞めた人が2人、別の仕事・家庭の事情・学業の関係であまり来られなくなった人が4人、体調不良でドタキャンによる欠勤を繰り返す人が2人…と、目も当てられない状況だからだ。

 

でも、本業の出勤前の早朝に数時間来てくれたスタッフとともに山積みの公演準備を行い、トークイベントにギリギリ駆けつけることができた。なお、概要は下記。

 

『観音移動』刊行記念JUNKU堂来店トークイベント「世界の無意識に出会う詩と小説」

野村喜和夫(詩人)×星野智幸(小説家)

日時:5月9日(木)開演19:00(開場18;20)

会場:ジュンク堂書店池袋本店9階イベントスペース

 

会場に入ると、一段高くなったところに椅子、テーブル、ホワイトボードが置かれ、テーブルの上には野村喜和夫著『観音移動』と星野智幸著『植物忌』が飾られていた。私は50席ほど並べられた椅子の1列目に空席を見つけ、座った。

 

 

 

 

 

5分ほど押して開始。

 

初めに、野村喜和夫がトークイベントのゲストにお招きした星野智幸さんとの不思議な縁について話し始めた。

 

まず、野村が手に取ったのは星野さんの著書『焔』。見ると、文庫本のカバーには、かつて野村が詩と美術のコラボレーションをした美術家、佐藤時啓さんのストーンヘンジを素材にした写真作品が用いられていたのだ。また、野村は1995年に開催した『現代詩フェスティバル‘95 詩の外出 ~身体/映像/音楽とともに~』のチラシを取り出して観客に見せた。当時、7日間開催したこのチラシのフェスティバルは、マスメディアに大々的に取り上げられ、詩の朗読ブームに先鞭をつけた。

 

 

 

 

 

30年の時を経て、佐藤時啓さんの作品でつながった2人! 普通に言えば「偶然の一致」だが、シュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトンの言葉を借りれば「客観的偶然」ということになる。つまり、「無意識が用意してくれた偶然」というわけだ。

 

さらに、野村は星野さんとのもう一つの縁を紹介した。20年ぐらい前、「日韓文学シンポジウム」で韓国に行った時、ウォンジュの宿泊場所がコテージのようなところで、2人一組で泊まったそうなのだが、そこで偶然星野さんといっしょになったそうだ。

 

夜、パジャマに着替えて共有スペースに行ったところ、星野さんが言うには「二人ともユニクロの同じデザインの色違いのパジャマだった」とのこと。これには、野村も観客も大爆笑。さらに、星野さんはそれぞれのパジャマには、赤いラインと青いラインがついていて、「我々は同じ何かの隊員らしい」という妙な意識を持ったと付け加えた。

 

面白過ぎるエピソードで観客の「つかみ」は万全だった。すると、野村がそのシンポジウムの打ち上げでの星野さんとのやり取りを紹介した。

 

「実は、僕が少し自嘲気味に『詩は流通しませんから』と言ったところ、星野さんは『詩のない小説は単なる読み物ですよ』とおっしゃったんです。その言葉にとても勇気づけられました。」

 

こうして、トークはスタートした。

 

次に、野村は『観音移動』を書いたきっかけについて話し始めた。

 

「二年前『シュルレアリスムへの旅』を書いていた時、客観的偶然が自分の身に起きたんです。それを小説という形式で記録しておこうかなと思いました。そうしたら、半ダースほどの他のアイデアが出てきました。」

「それは一度に浮かんだんですか?」と星野さん。

「一度にではなく芋づる式ですね。」

 

また、星野さんは『観音移動』について、「全編面白くてしょうがない」「読み続けるとハイになる」と紹介。そして野村に「野村さんは、詩を書く時と小説を書く時ではどんな違いがありますか?」と質問した。

 

「詩を書いている時は、他の誰もが書いていないような言語で書こうとしています。でも小説を書く場合、普通の文体で分かりやすく書こうと思っています」と野村。

 

星野さんはさらに聞く。「それでは、散文詩との違いは?」

「散文詩、散文…、境界はないような気がするんです。最近の現代詩は散文化していると思うし、逆にある種の小説家の方が詩的になっているんじゃないでしょうか?」

 

ここで、星野さんはこの日の野村との打ち合わせで思い出した日韓シンポジウムのことを嬉しそうに語った。

 

「日韓シンポジウムのさいの僕のことばを覚えていていただいて、ありがたかったです。僕は、普段詩は読まないんですが、『小説に詩の部分がなかったら読み物だ』とずっと思っていましたから。」

「これ、今日のトークの最大のポイントですね」と野村が受ける。

 

「僕は、星野さんの言葉がずっと頭に残っていて、星野さんの実作を読めばいろいろわかるのではないかと思いました。たとえば、『目覚めよと人魚は歌う』を読み終わって感じたのは、言語化できる物語性からはみ出ている、つまり、言語ができない何かがそこで言語化されている。それが詩なのかと思った。」

 

さらに星野さんも言う。

 

「言語化できない部分を言語化するのが文学。小説の場合、一見説明の言葉を使ったり、物語を使ったりもします。でも、詩の場合は、言語そのものです。言語に意味があって、世界とつながるとは考えない。単語、フレーズ、切れ端で、一般的に思われている意味を離れますよね。」

 

そして、星野さんは『観音移動』の「塔の七日間」を例にとる。

 

「何の意味もないフレーズが頭に住みついちゃって、どうにもならない。『豚は渇きの九階で育っている』って、意味ではなく、読んでいること自体がドーピングみたいになっちゃって…」

 

ここで、最後まで句点も段落もない「塔の七日間」の冒頭部分を、星野さんが読む。それだけで、会場には独特の空気感が漂う。

 

「一日目、夕刻、豚は渇きの九階で育っている、と誰かに囁かれて、同時に塔が見え始めた、ああ、あの塔に行くのだ、しかし塔はほかの建物に隠れて見えなくなり、それでも見当をつけて建物の間を抜けてゆくと、やがてまた塔があらわれて、まるで塔に待たれていたかのようだったが、何のために? 豚は渇きの九階で育っている、という声が記憶に残っていて、それと塔とどういう関係があるのか、ないのか、期待と不安とに代わる代わる心を占められながら、ゆっくりと塔に近づき、塔に着いた、私は塔に着いた、見たところ大きな円形のビルで…」(『観音移動』の「塔の七日間」冒頭より)

 

「意味ではなく、読んでいること自体がドーピング。一番それが自動記述に近い」と星野さん。そして観客のために「自動記述」の定義を野村に求める。

 

野村はアンドレ・ブルトンの言葉を借りながら、「書き手の意識の関与を一切排除して、筆の赴くままに書くこと」「無意識がそこに現れる」「夢、夢の記述もシュルレアリスムのテーマの一つ」などと説明した。

 

さらにトークは、夢という媒介を通して記述すること、中南米のマジックリアリズム、星野さんの小説の生み出すものへと話がどんどん展開する。これらすべては、近く水声社からWebマガジン「コメット通信」の「特集野村喜和夫」に掲載されるそうですので、どうぞそちらをご覧ください!

 

トークの最終部分では、SNSと書き手の問題が語られ大変興味深かったので、その部分を書かせていただく。

 

星野「我々はSNSなど外から浸食されたもので出来上がってしまう。意味のないような外側から決められている。世界中の個人がそうなっているのではないか。こういう時代には、野村さんのように遮蔽してしまうことは、身を守る、自分の言語を守るために必要ではないでしょうか?」

野村「SNSの時代にはそうしないともたないです。ある種『ハリネズミ言語』、つまり言語の針をたて、恐ろしいSNSの時代を生きようとしているのかもしれません。」

 

この後、多数の質疑応答があり、大盛り上がりのうちにトークは終了した。出演者のお二人、お客様、スタッフのみなさま、たいへんお疲れさまでした! ありがとうございました。

 

『観音移動』は絶賛発売中です。野村喜和夫の詩のファンの方、面白い小説を探していらっしゃる方、「ハイ」になりたい方、ぜひお読みください。よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

なお終了後、「トークが行われた会場も九階です!」とジュンク堂の書店員の方から指摘され、野村も星野さんも驚いたという。

 

(豚は渇きの九階で育っている⁉)(笑)

 

もう一つのおまけ。野村と星野さんの縁はトークの中でいろいろ紹介されたが、さらなる驚きがあった。

 

「実は、僕は1988年から90年に新聞記者をやっていました。『観音移動』を読んでいると、実話的なところがあって、お父さんが埼玉県の県会議員だったと書かれていて、『もしや?』と思いました。僕は、野村さんのお父上で、埼玉県議会の副議長もされた野村輝喜さんに取材に行ったことがあったんですよ。」

 

これには、野村も観客もびっくりしすぎたようだ。(笑)

 

トーク後、主催者の方から打ち上げへのお誘いもいただいたが、私は翌日に「野村眞里子の講座 スペインとフラメンコを知る」をひかえており、その準備のため夕食を食べながら原稿を書こうと思っていたので、お気持ちだけありがたくいただきご辞退した。

 

私が1人で訪れたのは、西武百貨店のダイニングパーク。数年前から西武百貨店閉店が言われ続けていたが、どうやら売り場の形態を変えて存続するらしく、あちこちで売場改装工事が行われていた。そんなわけで、少々閑散としたダイニングパークのお気に入りのフレンチ「ブラッスリー・ル・リオン」にうかがった。先客はお一人。

 

まずは生ビール。そして前菜にはクリュディテ(野菜のお惣菜)を頼んだ。安くて(←これ重要)ほっとするフレンチの前菜だ。

 

 

 

 

 

 

メインはステック・フリット。フランスのいつもの味が嬉しい。ハウスワインとともに。

 

 

 

 

 

 

おひとり様フレンチで講座の準備も整い、ほっと一安心だ。トークも刺激的だったし、フレンチの夕食もおいしかったです。ごちそうさまでした!